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二子玉川ライズ住民訴訟控訴理由書

平成22年(行コ)第208号公金支出差止等控訴事件
控訴人 飯岡三和子 他91名
被控訴人 世田谷区長 熊本哲之

控訴理由書

東京高等裁判所第24民事部御中

2010年11月11日

控訴人ら訴訟代理人弁護士 淵脇 みどり
同 原 希世巳
同 小林 容子
同 吉田 悌一郎
同 牧戸 美佳

目次

第1 はじめに ・・・4頁

1原判決の評価と問題点 ・・・4頁

2都市再開発事業の本質と都市計画行政のはたすべき役割 ・・・4頁

3原告らの権利 ・・・5頁

4原判決が認定した事実 ・・・5頁

5事実認定に矛盾する結論 ・・・6頁

6司法のはたすべき役割 ・・・6頁

第2 争点1 監査請求期間徒過の正当性 ・・・7頁

1 原判決の不当性 ・・・7頁

2 甲50号証は具体的支出行為の期日は記載されていない。 ・・・7頁

3 不当に住民の権利を狭める判断 ・・・8頁

第3 争点2 世田谷区長に被告適格 ・・・8頁
1 原判決の不当性 ・・・8頁

2 「委任」の性格 ・・・9頁

第4 争点3 財務会計行為に先行する原因行為の違法性 ・・・9頁

1はじめに ・・・10頁

2財務会計行為に先行する原因行為の違法性をめぐる判例について・・・10頁

3本件における財務会計法規違反 ・・・13頁

第5 争点4 都市計画法21条違反 公園位置変更の違法性 ・・・18頁

1 本件公園予定地(本件削除部分)の地域性判断についての誤り ・・・18頁
2公園移転の必要性判断にとって、再開発事業の具体的計画開示が不可欠 ・・・23頁
3東急の世田谷区への公園用地の一部譲渡約束に公共性を認めることの誤り ・・・25頁
4本件公園変更決定が緑地面積の減少をもたらしたことの違法性 ・・・28頁
5まとめ ・・・30頁

第6 争点5 都市計画法13条 都市計画基準 ・・・30頁

1 総論 都市計画基準の考え方 ・・・30頁
2 争点5(1)について 都市計画法13条1項柱書 ・・・32頁
3 争点5(2)について 都市計画法13条1項7号 ・・・42頁
4 争点5(3)について 都市計画法13条1項11号 ・・・44頁
5 争点5(4)について 都市再開発法7条の8の2 ・・・45 頁
6 争点5(5)について 都市再開発法4条2項 ・・・65 頁
7 争点5(6)について 都市再開発法3条 ・・・76 頁
8 争点5(7)について 都市計画法16条及び17条 ・・・77 頁

第7 争点6について 都市再開発法17条 ・・・82 頁

第8 争点7について 財務会計行為独自の違法性 ・・・86 頁

第9 結論 結論 ・・・89頁


第1 はじめに
1 原判決の評価と問題点
原判決は、財務会計行為に先行する一連の都市計画に関する行政行為について、その違法性を詳細な事.経過に踏みこんで判断したことについては評価できる。

しかしながら、結論としては行政の裁量の範囲内として違法性を認定しなかった。 その根底に、都市計画、及び都市計画基準の本質の無理解がある。

2 都市再開発事業の本質と都市計画行政のはたすべき役割

都市再開発事業は、一定の要件のもとに、特例的に土地の容積率を緩和増大させる。土地の容積率の100%の増加は、同じ面積の土地をもう一筆取得するに等しい利益を生み出す。そのうえに、莫大な補助金や公共施設管理者負担金が注ぎ込まれるのである。

従って、そもそも再開発事業は、企業の飽くなき利潤追求目的にとって格好の動機が存する。これを無秩序に、大規模に許すことは、ともすれば、住民にとって地域の自然環境を破壊し、交通量増加、居住人口や、集実人口の増加により、都市基盤の容量の逸脱から住環境破壊を招く。開発事業者の利益と周辺住民の利益は、対立的な関係を内包するという本質を見失ってはならない。従って、地方自治体、及びその首長が、地域内で再開発事業を行う場合には、その開発利益が、再開発事業施行者、工事業者、地権者ら、一部のものに不公平に独占され、周辺住民の住環境が一方的に破壊されることがないように、開発による自然環境や、住環境の破壊を最小限に抑制し、開発利益が地域全体の住民の利益、ひいては地方自治体全体の住民の利益に還元されるように、両者の利益を調整し、再開発事業の計画内容を歴史的文化的にはぐくまれてきた基礎事.をもとに、必要な地域整備方針などを示し、計画的、具体的、合理的に規制しなければならない。地方自治体は、このような役割を実現するために、都市計画法、都市再開発法を運用しなければならない義務を負うものである。

3 原告らの権利

地方公共団体に税金を納税する住民は、不当違法な公金の支出を監査し、差し止めや損害賠償を請求しうる権利を有するのである。

そもそも、本件のように事業用地の85%以上を有する東急グループが再開発を推進する場合、個々の住民の権利に比して、当初から絶対的経済的優位にあるという不公平な力関係を配慮すべきである。行政は都市計画法、都市再開発法を厳格に適用して、住民福祉のためのまちづくりを実現しなければならない。

住民訴訟は、議会の選挙権と並び、.権者たる国民が直接参政権を行使しうることを定めた訴訟制度である。その訴訟の原告は、自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためではなく、専ら原告を含む住民全体の利益の代表者として違法財務行政の適正化を.張するものであると言うことができる(甲149号証639頁)。その権利の重要性は、地方自治体の運営そのものを適正に維持するためには不可欠な重要な権利である。

4 原判決が認定した事実

原判決は原告が主張する以下の一連の事実を認定している。当然のことながら、いずれも都市計画に関して作成された文書等によって、全て客観的な証拠にから明らかである。

本件事業地(U、V街区)は風致地区として指定され、昭和34年から都市計画公園として都市計画決定されていた。昭和57年準備組合前身「二子玉川再開発を考える会」発足による東急グループの再開発要求を受け、昭和60年から63年までの間世田谷区と東急グループが担当者レベルで協議を継続し公平成11年に初めて開示された甲40号証の協定書・覚書が複数作成された。世田谷区は上位計画である「昭和54年世田谷区基本計画」(甲66)を昭和62年に作り替えて(乙9)新基本計画とし、二子玉川を「広域生活拠点」とした。 昭和63年7月29日に甲40号証Dが作成され、東急グループ代表者と世田谷区長で、都市計画公園予定地の一部譲渡約束という資産的対価を条件に、都市計画公園の位置変更を約束した。これを受け、平成元年には、「都市計画公園予定地」から2街区3街区部分を削除(本件削除部分)し、駅から遠い緑地指定部分を新たに都市計画公園に追加して、緑地を3.5ha減少させた。さらに、平成12年にはこの削除部分を含む11.2haに再開発地区計画の都市計画決定を強行した。(甲3)

本件再開発事業は「二子橋周辺において渋滞の可能性が増加する点において、東京地域公害防止計画(甲95)の趣旨に必ずしも添わないものとはい」えるし、高層建築物を建築する点で東京都環境基本計画(甲94)の定める「地域別配慮の指針」には必ずしも沿わない部分があるとはいえ」る。また、この計画内容は、世田谷区の「S58年の再開発基本構想(乙8)」に、「景観を保全するために住宅は低層高密」にすべきとする構想に反した超高層ビル住宅群であり、その容積率は最大660%で「S62年の再開発基本計画(乙11)」が「容積率の上限を現行500%」としている点との間にも不一致がある。また、都市計画法16条17条手続きで、意見陳述者や住民から多数の反対意見が出されたが、計画内容に反映されなかった。」

5 事実認定に矛盾する結論

上記に認定された事実経過は、客観的事実だけを評価抜きに見ても、世田谷区、世田谷区長が、先行する東急の開発要求を実現するために、自然環境保護や、住民の住環境権保護と開発との調整もせず、住民や議会の意見も聞かずに、世田谷区の基本計画、都市整備方針、風致地区、都市計画公園計画、再開発基本構想、再開発基本計画を、事後的に、つぎつぎに変更し、容積率や高さ等の一切の規制をほぼ無条件に緩和したのである。この経過には都市計画たる本質である地域性や基礎事実に基づいた計画性あるまちづくりは一切なされていないのである。原審判決は、かかる事実認定に矛盾して、法律の本旨に反する運用についてを「違法とまでは言えない。」として擁護しており、理由齟齬、理由不備のそしりを免れない。

6 司法のはたすべき役割

昨年の政権交代で、国民が、数々の「公共事業」の名の下に、国民の貴重な血税がノーチェックで開発業者等の大企業に垂れ流されている政治のあり方に対し、その転換を求めた。しかし、国民の政治的な改善を待たずに、本来は司法が自ら、行政の都市計画法、都市再開発法の本旨に反する運用を厳しく断罪すべきなのである。このような運用を「行政裁量の範囲内」として肯定し、追認してきた司法の責任は重大である。以下争点ごとに詳述する。

第2 争点1 監査請求期間徒過の正当理由 について

1 原判決の不当性

原判決は,本件各4号請求中の別表番号1及び2の行為に関する部分については,監査請求期間を徒過しており,期間の徒過に地方自治法242条2項ただし書にいう正当な理由も認められないので不適法であるとする(原判決18頁以下)。

しかし,かかる判断は,地方自治体の公金支出に対し,民主主義を徹底する見地から広く住民によるチェックを及ぼそうという制度の趣旨を無にするもので,極めて不当である。

原判決は,本件再開発組合が作成した事業計画に資金調達計画が記載されていたこと(甲53)や事業計画が縦覧に供されたこと(乙31),控訴人(原告)の一人が情報開示請求をして予算計上のあることや執行済みであることが分かる文書(甲50)の開示を受けていたことを理由とする。しかし,地方自治体の予算計画やその執行に関する文書は,高度に専門的であって,専門的知識のない住民が上記のような文書を入手したとしても,その意味する内容を直ちに理解して,監査請求をすべきか否かを判断することは困難である。

実際本件においても,控訴人ら住民がその意味するところを理解したのは,2006(平成18)年9月に世田谷区区議会議員に「世田谷区各会計.要施策の成果」が報告され,区会議員を通じて説明を受けることによって初めて理解し得たのである。

2 甲50号証は具体的支出行為の期日は記載されていない。

甲50号証の情報開示に対しても「平成17年度の予算施行額については、平成18年2月末日までの執行額」との注意書きがあるだけであり、実際の支出日が「平成17年12月2日」になされた事実を知り得たのは、本件訴訟で被告側の答弁を受けた後である。実際に、これらの財務会計行為が仮に12月11日以降に執行されたのであれば、控訴人らの監査請求は1年以内になされていることになっただけのことである。

世田谷区が、甲50号証による情報開示への回答に、具体的な支出日時「12月2日」と明示しているならば、ともかく、控訴人らが、2月末日から1年を経過していない12月10日に監査請求をしたことは、監査すべき対象となる財務会計行為が甲50号証に記載も含めて、1年以内にあったものと考えて当然であり、何らの過失はない。住民監査請求権、本質の重要性を考えるとき、地方自治体が開示した情報開示内容が具体性を欠いたことについての不利益を住民側に負わせるべきではない。この点、監査請求期間の徒過の正当性の判断にあたっては基本的に、自治体側に情報開示の責務があることを重視して、住民の権利行使を広く認めるべきである。本件は、監査請求が行為の1年後よりもわずか8日徒過しただけのことであるから、実質審理をするについてもなんら不都合はなく、これを「不適法」と判断することは許されない。

3 不当に住民の権利を狭める判断。

尚、事業計画や、資金計画の縦覧があったとしても、あくまでも事前の予定にすぎず、実際の財務会計行為の状況を住民が知りうるのは極めて困難である。
今回のように、意識の高い住民が情報開示請求をしたとしても、世田谷区は総額の金額を示すだけで、実際の行為時期は不明である。原判決の判断は誤りである。

第3 世田谷区長の被告適格 争点2について

1 原判決

原判決は,本件1号請求に係る訴えのうち,世田谷区長に対して支出命令の差し止めを求める部分は不適法であると判断して,世田谷区長の被告適格を否定した(原判決20頁以下)。

しかしながら、原判決は、委任者と受任者の関係を財務会計上の行為を行う権限の委任関係ととらえず、単純に職務命令の「指揮監督上の行為」にすり替えている点が問題である。

2 支出命令の権限が所管の課長に「委任」されているとはいえ、その本来の権限者は区長であって、公金の支出を差し止める判決の効力が、区長に及べば、受任者たる所管の課長は、そもそも受任される権限そのものが差し止められるのであるので、その判決の当然の結果として所管の課長は支出命令行為ができなくなると解すべきである。しからば、区長を公金支出差請求訴訟の被告とすることについて、何らの不都合はない。

ここで対象となる区長の財務会計行為は、判決の言う「委任者の受任者に対する指揮監督上の行為(受任者が支出命令を発しないように指揮監督すべきであるのにこれを怠っているという不作為)」ではなく、まさに「そもそも所管の課長に委任した権限であるかかる財務会計行為の支出命令権限そのものが違法で差し止められるべきである」ことが審理の対象と考えるべきである。

地方自治体内部の財務会計行為の専決、委任等の詳細な事務分担の取り決めは、地方自治体職員ですら当該部署で仕事をしなければ解らないほど複雑、詳細な取り決めがなされている。このような複雑な内部事情により、住民訴訟の審理の対象が不当に狭められてはならない。

支払い命令の権限が区長から職員に委任されている場合には、委任者である区長、及び受任者である所管の課長の両者が共に被告適格を有すると広く解釈するべきである。

第4 争点3 財務会計行為に先行する原因行為の違法性

1 はじめに

原判決は,最高裁平成4年12月15日判決(一日校長事件)を引用して,当該職員の財務会計上の行為をとらえて損害賠償請求(あるいは当該行為の差止請求)が認められるのは,財務会計上の行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,当該原因行為を前提としてなされた(なされようとしている)当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られるとしている。

そして,@本件における原因行為はいずれも東京都知事等がその権限において行うべきものであること,A本件設立認可の対象となった事業計画において,補助金等が支出されるべきことが定められていることを根拠に,「上記原因行為が著しく合理性を欠きそのためこれにより予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,上記原因行為を尊重」すべき義務があるとし,上記の場合に当たらない限り違法なものということはできないとしている(21〜22頁)。

かかる判示は,上記最高裁判例の解釈を誤って,違法な原因行為を前提とする財務会計行為の違法性の判断基準を徒に制限的に解するもので,明らかに誤ったものである。 

2 財務会計行為に先行する原因行為の違法性をめぐる判例について

(1) 一日校長事件最高裁判決の意義

ア 前記最高裁判決は,教育委員会の人事に関する処分の違法性と,これを前提にした地方自治体の長のなした会計上の処理が問題とされた事案であり,会計行為が違法となるのは「たといこれに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,右原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる」とするものである。

そしてこの判決は,上記の判示に続いて,どのような場合に当該職員の行為が違法となるかを明らかにしている。 すなわち,同判決はまず「地方教育行政の組織に関する法律」による教育委員会と地方公共団体の長の権限の配分関係を具体的に分析し,「教育行政については,原則として,これを,地方公共団体の長から独立した機関である教育委員会の固有の権限とすることにより,教育の政治的中立と教育行政の安定を図ると共に,・・財務会計上の事務に限っては,これを地方公共団体の長の権限とすることにより・・教育行政の財政的基盤の確立を期することとしたもの」と制度の趣旨を明らかにし,それによれば地方公共団体の長は,「同法に基づく独立した教育委員会の有する固有の権限内容にまで介入しうるものではな」いことから,「右処分が著しく合理性を欠きそのためこれにより予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り,右処分を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置をとるべき義務があ」るとしている。従ってそのような場合でない限り,当該職員の財務会計行為が違法ということはできないこととなる。
イ 同判決は,住民訴訟における「違法性の承継」問題について「採るべき判断枠組み」を明らかにし,その後の「実務の指針」を示すことになったと評されるほどに重要なリーディングケースと位置づけられている(白藤論文甲149・648頁)。

同判決は,違法性の承継問題の核心は,当該職員が財務会計上の行為を行うに当たり,普通地方公共団体に対し,原因行為との関係でどのような行為義務(財務会計法規上の義務)を負担し,その義務を尽くしたといえるかという点にあることを示したものとされる(同648〜649頁)。そしてそのような前提に立って,教育委員会と地方自治体の長の権限配分を具体的に検討して,地方自治体の長は,教育委員会の独立性を重視して,その処分を尊重すべき義務があることから,処分に極めて重大な瑕疵がない限り,当該処分に従った財政執行をしても違法とはいえないと判示したのである。

(2) 財務会計法規上の義務

以上のような考え方は,「住民訴訟における違法性の承継」の問題は,先行行為も含みうる広い概念で住民訴訟の対象を捉えることで解決しうるとする学説,すなわち,住民訴訟の対象を「財務会計上の処理を直接目的とするもの」に限定せず,「財務会計法規に違反する行為は当然含まれる」ものとする考え方と共通するものとされる(甲149・641頁以下)。

上記最高裁判決以降の判決では,以下に見るように,財務会計法規上の義務を広く解して,先行行為との関係で財務会計行為を行う職員がいかなる義務を負うかが検討されている。

@地方自治法2条14項(自治体は事務処理に当たって,住民の福祉の増進に努めると共に最小の経費で最大の効果を上げること),地方財政法4条1項(自治体の経費はその目的を達成するため必要最小限度を超えて支出してはならない)を財務会計法規として,その違反を理由に,先行する知事の埋立免許に基づく公金支出差止を認めた泡瀬干潟公金支出差止当請求事件判決(福岡高裁那覇支部平成21年10月15日)

A地方自治法138条の2の執行機関の職務誠実執行義務を財務会計法規上の義務と解して,「財務会計行為」の違法性を認めた佐志浜埋立公金支出差止等請求事件判決(佐賀地裁平成11年3月26日)

B無効な先行行為に基づく義務の履行として本件財務会計行為をしてはならないとの財務会計法規上の義務を認めた八ツ場ダム費用支出差止事件判決(水戸地裁平成21年6月30日)


C当該普通地方公共団体の契約締結権者は,無効な委託契約に基づく義務の履行として買取のための売買契約を締結してはならないとの財務会計法規上の義務を負っているとした宮津市公金支出返還請求事件(最高裁平成20年1月18日判決)

3 本件における財務会計法規違反

(1) 原判決の誤り

ア 原判決は上記の通り,世田谷区長らが東京都知事らの先行行為(本件事業認可決定など)を尊重すべき義務があり,これを拒むことは許されないとしている。その論旨はいかにも上記一日校長事件最高裁判決に則ったものであるかのように見える。

しかし同最高裁判決は,法令を厳密に分析した上で,教育の政治的中立性などの憲法的な価値をも考慮しながら教育委員会の独立性が尊重されるべき所以を説得力をもって展開しているのに対し,原判決のこの部分の理由付けは以下に述べる通りお粗末という他はない。

イ 原判決は,原因行為が東京都知事らの権限に属することを根拠に掲げているが,それがどうして尊重されるべきことになるのかの理由付けは全くない。一日校長事件についても,問題となった人事に関する処分は教育委員会の権限であり,地方公共団体の長が行うべきものではないことは所与の前提となっていたが,最高裁はその上で地方公共団体の長が財務会計法規上,如何なる義務を負うのかが詳細に検討されているのである。

このように先行行為を行う権限が財務会計行為者とは別の.体に属しているケースにおいては,常にこれを尊重しなくてはならないなどとは考えがたく,上記最高裁判決の趣旨にも反することが明らかである。

上記八ツ場ダム費用支出差止事件判決においては,先行行為たる建設費負担金の納付通知は,国土交通大臣の権限に属し,しかも被告(財務会計行為者)に建設費負担金を支出すべき法的義務を課すものであるが,それにもかかわらずこの先行行為が無効であった場合,(それが義務の履行という形であっても)その支出等の財務会計行為をしてはならないという財務会計法規上の義務があるとされている。

本件でも,先行する本件事業認可決定が他の行政.体の権限に属していたとしても,それが違法であった場合,それに基づく支出をすることが適法か否かとの問題は残るのであり,結局このような場合,被告世田谷区長らは如何なる財務会計法規上の義務を負っているかを具体的に検討していくことが不可欠なのである。ところが原判決はこのような検討を一切することなく,最高裁判決の結論だけを拝借した「手抜き=間に合わせ判決」にすぎない。

ウ 原判決は,この他,本件設立認可の対象となった事業計画において,補助金等が支出されるべきことが定められていることも根拠に掲げている。

その趣旨は明確ではないが,設立認可によって被告世田谷区長らは事業計画に従った支出をなすべき義務を負うに至ったことが,先行行為を尊重すべきことの根拠となるとの考え方によるものであろう。

しかし上記八ツ場ダムの事件で明らかにされたとおり,先行処分が財務会計行為者に,法的義務を発生させるかものかどうかは,先行処分が無効であった場合の財務会計法規上の義務の内容とは関係がない。この点でも原判決の理由付けは全く理由になっていない。

本件の場合,事業認可決定によって世田谷区長らに支出すべき法的義務が直ちに生じるものかどうかは疑問があるが,いずれにしてもその根拠となる処分が無効であった場合は法的義務が生じる余地はないのであるから,そのような場合如何なる財務会計法規上の義務を負うのかは,関係法規全体を十分に検討して定められなくてはならないのである。

(2) 本件における財務会計法規上の義務違反

ア 原審において控訴人らは,本件で問題としている補助金の支出負担行為(別紙財務会計目録1,5),公共施設管理者負担金(同2),契約締結(同3,4,6)について,被控訴人が如何なる財務会計法規上の義務を負っているかを明らかにし,被控訴人がそれらの義務に違反して本件財務会計行為をなしたことを明らかにした(原審最終準備書面30頁以下)。

しかし原判決は上述のように理由にならない理由を並べて先行行為を尊重する義務があるなどと述べて,これらの点については全く何の検討もしていない。控訴審におかれては,前記最高裁判決及びこれに引き続く判例にの流れにのっとり,財務会計法規上の義務を実質的,実証的に評価検討してゆき,「地方財務行政の適正な運営を確保することを目的
とする」(上記最高裁判決)住民訴訟の役割を十全なものとすべく,徹底した審理を遂げられたい。

以下念のため,本件における財務会計行為にかかる財務会計法規上の義務について,その要点を再掲し,若干の補足をする。

イ 補助金支出負担行為

世田谷区の補助金支出に関しては,世田谷区補助金交付規則(乙37号証),及び東京都世田谷区市街地再開発事業補助金交付要綱(乙36号証)などの法令がある。これらの法令は以下のように,補助金支出負担行為について職務上負担すべき「財務会計法規上の義務」を明示している。

・世田谷区補助金交付規則

第3条(事務担当者の責務)

補助金にかかる予算の執行に当たっては、補助金が法令及び予算の定めるところに従って、公正かつ有効に使用されるように努めなければならない。

第6条(交付の決定)

前条の補助金の交付の申請があったときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金の交付が法令及び予算に定めるところに違反しないかどうか、補助金事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤りがないかどうか等を調査し、補助金を交付すべきものと認めたときは、速やかに補助金の交付の決定をしなければならない。

・東京都世田谷区市街地再開発事業補助金交付要綱

第7条(交付決定及び通知)

1 区長は前条による補助金の交付申請があったときは、申請書及び関連書類の審査並びに必要に応じて現地調査等を行い、当該申請に関わる補助金の交付が法令および予算で定める補助金交付の目的を達成すると認めたときは速やかに補助金の交付を決定し、市街地再開発事業補助金交付決定通知書により施行者に通知するものとする。

上記規則の規定は事業計画の適法性・正当性審査そのものを補助金交付決定の要考慮事項として定めるものである。また要綱7条は補助金交付が法令及び予算に定める目的を達成するものか否かを判断すべきことを求めるものである。

これらの規定を見れば,再開発事業に関しても「原因行為を尊重してその内容に応じた措置をとるべき義務」など出る幕はないことは明らかである。世田谷区長らは補助金支出の法令・予算への適合性や,目的適合性について審査した上で交付すべきものは交付すべき義務,すなわち「違法な事業計画等に補助金を交付してはならない財務会計法規上の義務が課せられている」(・甲149・659頁)のであり,これを怠ってなした補助金の交付は違法である。

イ 公共施設管理者負担金

公共施設管理者負担金は,前述の通り都市再開発法第121条1項により本件再開発事業における道路管理者として被告が負担すべきものとされるが,その際には予め管理者等の承認を得ることが必要とされている(同条2項)。

管理者としては,執行機関としての誠実管理執行義務(地方自治法138条の2)を負っているのであるから,負担金の承認に当たっては,事業計画の適法性・正当性を検討したうえで,承認すべきかどうかを決すべき財務会計法規上の義務を負っている。

従って負担の根拠となる再開発事業が違法な場合,管理者がこれを承認して負担金負担行為をなすことは上記財務会計法規上の義務に反し,違法となる。

ウ 契約締結

地方公共団体の契約締結権者は,契約締結に当たって,先行する原因行為の適法性・正当性を考慮すべき財務会計法規上の義務を負っていると解される。

本件では世田谷区がコンサルタント業者らと締結した業務委託契約,不動産鑑定委託契約の違法性が問題となる。これらの業務委託契約等は,その締結自体が違法である場合は勿論,本件再開発事業を遂行する目的で締結されたのであるから,この目的たる事業が違法のものであれば,これら業務委託契約は締結すべきではなく(締結後であってもすみやかにこれを解消して),その経費等の支出をすべきでない財務会計法規上の義務を負っていることは明らかである。違法な再開発事業を遂行するための債務負担が適正な予算執行たり得ないことは明らかであるからである。そのような違法な契約締結行為に基づく支出は違法である。

第5 争点4(公園位置変更の違法性)

1 本件公園予定地(本件削除部分)の地域性判断についての誤り

(1)本件削除部分は自然環境が保護されている地域であった

原判決は「 この点、前記(2)で認定した事実及び前記第2の1(1)及び(2)によれば、本件公園変更決定により公園から削除された部分(以下「本件削除部分」という。)は昭和32年の都市計画決定により二子玉川公園とすることとされていたが、同部分は二子玉川駅から近く、長らく.として娯楽施設(二子玉川園)として使用されていたこと、二子玉川駅周辺は、鉄道、及び道路交通の結節点にあり、広範囲の住民の往来に便利な地域であること、そして昭和57年頃から、二子玉川駅周辺商店街を中心として再開発の動きがあったことが、認められる。他方、本件削除部分を含む多摩川周辺地域は、昭和8年に風致地区に指定され、(乙1、弁論の全趣旨)都市の風致を維持すべきものとされており、(都市計画法8条15項)、本件削除部部の周辺には、多摩川の河川敷に面していたスペースや、国分寺崖線の小高い丘陵はあるものの、本件削除部分自体については、必ずしも、樹林地や、水辺地などで構成された自然的環境が維持されていたわけではなかったことが認められる」と判断し、判決文添付の(別紙図面1)を引用している。しかし、この認定は明らかな誤りである。

(2) 「別紙図面1」の評価、判断の誤り

判決が引用する「別紙図面1」は、甲3号証の平成12年の再開発地区計画の都市計画決定時に東京都の都市計画審議会に提出された資料188頁添付の「参考図現況写真」という白黒の航空写真のコピーである。これは、印刷状況も劣悪で、写真も不鮮明で「凡例」で示された「再開発事業区域」「風致地区界」の線引きも不明確である。

しかし、この不鮮明な資料であっても、よくみれば、樹木地の状況は、丸子川を堺に写真上部に広がる黒々とした国分寺崖線の樹林の黒い塊がみとめられ、多摩川を堺に写真下部にも、帯のように黒い塊の水辺緑地が認められることで判断できる。 その2つの帯の間の中心部にあたる本件削除部分の中にも多摩堤通りに沿ってその上部に、黒々と樹木の塊が集中している部分が写っている。これこそがまさに「樹林地」である。国分寺崖線上に見られる樹林の黒い塊と同様の深い「樹林地」が存在する。しかしこの資料は、その樹林部分を覆い隠すように、該当箇所の写真を白抜きして「東急スポーツガーデン」「ナムコ・ワンダーエッグ」と大きく活字表示スペースが表示されている。この表示によって、黒い樹林の塊の映像は分断されてしまっており、原判決は、その映像の正確な読み取りをせずに、この白抜きされた活字表示だけをもとに、遊園施設だから樹林地、水辺がないという短絡的な認定を行っている。

(3) 他の証拠による裏付け

世田谷区が平成12年の都市計画決定に際して作成した作成パンフレット「 二子玉川東地区のまちづくり」表紙(甲2号)や、平成17年3月に再開発事業組合が作成したパンフレット(甲6号)に「事業区域」として掲載されているカラーの航空写真を見ると、「樹林地」の映像が上記添附「別紙図面1」より鮮明に認められる。

また平成17年6月に世田谷区が作成した水と緑の風景軸(甲42号)「風景区別風景づくりの方針及び大切にすべき風景要素図」1頁の航空カラー写真にも本件削除部分内のこんもりとした樹林地ははっきりと写っており、同5頁の二子玉川風景区には「大切にすべき風景要素 凡例 」として「まとまった樹林」という薄緑色で塗りつぶしている箇所があるが、「本件削除部分」の地域の中に、国分寺崖線部分と同じように多数の薄緑色の樹林表示が認められる。 さらにこの地図では本件再開発予定地が赤い細点線(商業地域)で囲まれており、その中になんと、薄緑色の「大切にすべきまとまった樹林」が多数含まれていることが解る。この地域の開発が大切にすべきまとまった樹林を無視破壊することを前提とした異常な開発であることが明らかになっている。
(ちなみにこの文書(甲42号)で取り上げられた6地区のなかで、商業地域を示す赤い細点線が示されているのは、二子玉川と喜多見風景区だけであり、商業地域内に「まとまった樹林」箇所が多数含まれている地図は存在しない。)

なお、甲156号証は、関連事件である再開発組合に対する再開発事業差止め請求訴訟(東京地方裁判所 平成17年(ワ)第21428号)事件において実施した現地における進行協議に際して、同事件の原告ら住民が作成した資料と撮影した写真であるが、多摩堤通りから撮影した写真にも、本件削除部分内に生えていた、大きな樹木の豊かな枝が通りに面して張りだしているのが確認できる。

当該地域内には、もちろんテニスコート等のスポーツ施設はあったが、敷地全体はこんもりとした樹齢の高い樹木に覆われ、春は桜が満開になって、多摩堤通り土手上の桜と相まって、住民が自由に立ち入ることのできる自然豊かな散歩空間となっていた。住民や、町を訪れた人々は、敷地内で施設利用の他、森林浴や花見を楽しむなどして過ごし、多摩川をわたる風が吹き抜ける広い空が確保された自然豊かな空間であった。また、敷地内はアスフアルト舗装されておらず、自然の土がむき出しとなっており、雨水はそのほとんどがそのまま浸透していた。

甲157号証は東京新聞が平成22年3月に掲載した第1期事業竣工時の当該地域の写真である。この写真を見ると、着工前の写真や資料によって認められる樹林地や緑がことごとく破壊され、竣工後は景観や眺望を断絶する巨大なコンクリートの建造物が建設されている。 着工前の写真と、竣工後の写真を比べれば、本件再開発事業により、事業地内の豊かな「大切にすべきまとまった樹林」が完全に破壊されたことがよくわかる。 原審認定の誤りは明白である。

(4) 本件削除部分の整備の方向性を並列的に論ずる誤り

原判決は、このような誤った判断を前提に本件削除部分の地域性を以下の通り判断している。(原判決28頁8行目以下)

「本件削除部分は、機能的な都市活動を確保するという観点からすると、商業・業務施設、中密の住宅などを充実させることが適切な地域であると見ることもできるし、他方において、健康で文化的な都市生活を確保するという観点からすると、自然的環境を回復することが適切な地域であると見ることもでき、いずれか一方の地域として整備しなければその地域性に反するとまでは言いがたい場所にあるということができる。」と認定している。

しかし、このように当該地域の地域性について、相容れない対極にある地域性について、単純に並列して、「いずれか一方の地域として整備しなければその地域性に反するとまで言い難い」「すなわち、どっちでもいい。」という判断することは、原審が都市計画の本質を見誤るものである。その理由は以下の通りである。

ァ 国分寺崖線と、多摩川に囲まれた古い河岸段丘のこの地域は、その歴史的、文化的、自然的背景から、世田谷区内では一貫して最も自然や景観を重視すべき地域である。被控訴人提出の乙10号証「昭和62年3月 世田谷区都市整備部都市計画課 作成 多摩川沿い地域整備計画」でも6頁に以下の記載がある。

「多摩川沿い地域は区内でもすぐれた自然景観を誇っている。なかでも国分寺崖線の地形的変化、鬱蒼とした樹林地の存在はまさに地域の骨格的な景観要素となっている。また、多摩川の水面、野川、丸子川、谷川などの小河川がおりなす水辺景観も優れた景観要素である。さらに、崖線上には歴史の重みを感じさせる社寺や邸宅があり、ここからは遠く富士山や丹沢の山並みを望むことが可能である。」として、詳細にその地域性を強調している。また、同じ37頁には「崖線下の樹林地については、開発、建築行為はできるだけ、抑制するとともに、やむを得ない場合は、現状の変更を最小限に抑えるように努める。」と記載してある。

このような一貫して自然、景観を重視すべきとする多摩川沿い地域整備計画の中で、唯一突出して異彩を放っているのが、23頁地図上に示されたA−1で表示される「広域および地域商業中心」として表示されている二子玉川駅周辺である。ただしここでも、駅周辺の住宅地について「中層もしくは高層住宅を主体とする地区」を想定してはいるが、その範囲は現在の1街区周辺と西側高島屋周辺だけが、想定されているし、B−3で表示される住宅は「中層主体、中層住宅の建設にあたっては、周囲の景観を損ねないような建物形態を誘導する。」と記載されている。

イ 昭和62年3月は同時に乙11号証の世田谷区再開発基本計画が策定され、「広域生活拠点」としての位置づけがなされた時期である。この時点でさえ、基本的にはこの地域の都市計画の基本は、自然環境景観重視の住環境保全を優先させるべき地域であり、しかも、その特別扱いの地域は二子玉川駅周辺(現1街区)に限定されていたのである。

仮に駅周辺に、再開発地区計画による例外的に容積率増加する場合でも、都市計画公園を移動することなく、1街区部分だけの規模で、景観や自然に配慮して抑制的に行われるべきであった。

ウ 風致地区、都市計画公園決定等従来の都市計画によって、守られようとしていた自然環境保護の地域性に反して、昭和58年頃から、東急グループを中心に二子玉川商店街で画策された再開発要求は、自然環境保護の地域性を破壊しようとする企業の利潤追求行為に動機が存在するものであって、自然環境保護の地域性と同列の「地域性」として並列的に論ずべきではない。

2 公園移転の必要性判断にとって再開発事業の具体的計画開示が不可欠

(1)争点の趣旨

原判決は、再開発事業の内容は、既に乙11号証のS62年の再開発基本計画で「相応の具体性を有する施設建築計画が記載され、二子玉川公園の部分を含む全体の整備イメージが図面(別紙図面2参照)等によって、明らかにされていた」として再開発計画が抽象的なままで、公園移転の必要性がないという原告の主張を「当を得ないもの」と判断している。

しかしここで論ずべきは「再開発計画の内容が抽象的だったのか具体的だったのか」という趣旨ではない。

公園の位置変更の必要性を判断するには、具体的な施設建築計画との関係が不可欠であるのに、この時点の計画内容は、世田谷区の文書として作成されていたとはいえ、議会にも、都市計画審議会にも、住民への縦覧にも提出されていないことが問題なのである。更に、実際に現計画は当時の計画よりも更に容積率が増加しているのである。

(2)理由

甲107号証の岩見意見書では43頁5行目以下で明確に指摘している。

「公園変更を先行したため、地域の優れた環境にマッチした広域性かつ拠点としての再開発(広義の意味でのそれ)の可能性を著しく制限することになった。

もし公園計画の変更と再開発計画は一体的であることを住民に明らかにし、その検討を住民に委ねていたならば、再開発の邪魔者として遠くに追いやられ、現計画のような、利用に不便な単調な公園にはならなかったであろう。例えば、再開発の規模を縮小し、住宅については低層高密住宅(二子玉川地区市街地再開発基本構想 概要番S58.3乙8号)を選択し、それにあわせて、公園の一部を調整池化をはかり、公園とあわせて、その柔軟な配置と形状・規模の設定、デザイン上の工夫をすれば、当地域の固有の自然や文化と調和した、他の地域では実現できない、個性的・魅力的な広域性かつ拠点を想像する再開発の実現も決して不可能ではなかったはずである。公園の都市計画変更を先行させることにより、こうしたチャンスを奪ってしまった世田谷区の責任は重い。」とある。

(3)東京都都市計画地方審議会でも同趣旨の指摘がある。

しかも、この問題点については、当該都市計画審議会でも審議委員からその不当性が明確に指摘されていた。甲90号証の平成元年5月26日第92回東京都都市計画地方審議会議事録46頁では29番(渡辺委員 東京都議会議員)が以下の通り発言している。

「二子玉川東地区の再開発ということで、先ほど検討中だというお話がありましたけれども、私どもはここの準備組合に行きまして、いろいろお聞きしてきました。全体計画というものがございまして、かなりの高層ビル3棟からなる前提計画が、すでに発表されているわけです。しかも、これはいちおう世田谷区の計画だということですけれども、世田谷区が発表している二子玉川東地区再開発基本計画というものもありまして、そこにも同じような内容、全体図が明らかにされています。そしてこの内容で、具体的に準備組合がすすめているわけです。

そういうものを我々に全然明らかにしないで、それと全く切り離した形で公園だけをだすことについては、理解しがたいという問題があるんですね。したがって、今回のこの提案については、二子玉川東地区再開発を推進するため当地域内にある都市計画公園を区域外に変更するものである。変更される、新たな公園になる緑地は、今審議会において別件で廃止が提案されている。(注 3.5haが減少した)先ほどの通りですね。再開発と密接な関係があるにもかかわらず、緑地部分だけを切り離して提案してきたこと自体、私は審議に値しないと思うんです。」

まさにこの指摘の通りである。

3 東急の世田谷区への公園用地の一部譲渡約束に公共性を認めることの誤り

(1) 原判決は「東急電鉄等は本件覚書等により、二子玉川公園となるべき土地の約半分を世田谷区に無償で譲渡することを約していることからすると世田谷区が、本件覚書等を取り交わすことは公共の利益に資する点もあると判断したとしても、合理性を欠くとまでは言えない」と判示している(29頁)

しかし、上記判決は明らかな誤りである。東急グループが、都市計画公園の移転及び、公園予定地(2街区、3街区)の再開発による容積緩和によって、得られた利益は、東急電鉄等が提供する公園用地の経済的価格を遙かに越える利益である。

(2) 東急電鉄等が提供する公園用地価格と再開発で得られる利益の不均衡

控訴人は控訴審において、新たにこの点を主張する。

東急電鉄等は、都市公園予定敷地として自ら開発することが不可能であった本件削除部分を取り返して開発可能としたことに加え、容積率の緩和と、補助金や公共施設管理者負担金等の公的資金により、莫大な利益を得たのである。

ア 東急グループの開発利益の試算

これについて、原審の証人である、埼玉大学の岩見良太郎教授は以下の通り試算している。これは、証人が原審の結審である平成21年11月20日以後である平成22年5月21日に、本件再開発事業の2期事業(2−a街区)の事業認可申請手続きにおける都市再開発法台16条の補佐人としての意見陳述に際し、原審で提出した証人作成の意見書(甲107号)、証言時の研究成果をふまえ、さらに、本件再開発事業に関する事業計画書(甲53号証)、第二地区事業計画書(甲158号証)等の基礎資料から、東急が得られた経済的利益の金額をより、具体的に試算する作業をし、その内容を意見陳述したものである。甲150,151、152各号は、その時に岩見教授が作成した、陳述要旨とレジメとパワーポイントの映像資料とであり、甲153号は、その陳述内容を東京都民間開発課が陳述内容を録取したものである。

A 岩見意見書(甲150〜153号証)によると、東急がこの開発で得られる利益は以下の通りである。

都市計画の法定容積率を下に、地区平均容積率を計算すると、約222%である。これに対し、再開発地区計画の容積率を下に、地区平均容積率を試算すると485%となり、容積率はほぼ2.2倍となっている。

地価は容積率に比例するので、東急の利益は地区の宅地総価額×容積緩和の割合が1.2×東急所有地割合が85%となる。

地価を管理者負担金である1uあたり、金70万円で計算すると、以下の通りとなる。

地区の宅地総価額=70万円×73000u=511億円

容積規制緩和による利益=511億円×1.2×0.85=521億円

従って、公金として支出されるのは、合計389億円であるから、これを合わせると その総額は910億円である。 

これに加えて、区域内優良建築物に対し、24%割り増し償却、、事業所税を2分の1に減額することや、必要となる区域外道路を都市計画として整備されることは、東急が、一事業者として単独で民間開発事業、不動産事業を行う場合に比べて優遇となる。

尚、原判決は第1期事業の公的資金について15頁で甲53号証の再開発組合作成の事業計画書をもとに資金計画を認定しているが、「A一般会計補助金 約127億円」という認定は誤りである。甲53号証によれば13頁の記載から補助金額は「151億円」の誤りであることが明らかである。

イ 東急が提供する財産の評価と価格

それでは、都市計画公園予定地のうち東急が覚書等で、29300uを無償譲渡することを約束した財産の価格はいくらになるのだろうか?

ちなみに、東急建設が世田谷区に無償譲渡した公園用地のこの価格を試算すると以下の通りとなる。

甲154号証は、平成22年5月27日の世田谷区作成の資料であり、実際に有償部分の二子玉川公園予定地を世田谷区が買い取った価格である。これによると、 世田谷区は公園用地111,450.2uを57億54,780,052円で買った。すなわち都市計画公園用地は価格は1uあたりの単価は約50万円である。これをもとに計算すると、東急が無償で提供した公園用地の価格は、50万円×29,300u=146億円である。

東急は、この密約によって、公園用地を移動し、公園予定地を再開発することを可能にした。東急は、わずか146億円の公園用地を将来世田谷区に無償譲渡することを約しただけで、補助金、公共施設管理者負担金などの公的資金だけでも、その2.66倍の389億円を得られることになった。さらに、容積規制緩和利益と公的資金を合計すると、提供財産の6倍以上にあたる910億円の利益を得ることになったのである。

都市計画規制を受けた公園予定地を開発可能な資産として取り戻した上に、910億円の利益が与えられるという開発利益を独占する都市計画の恣意的変更について、わずか146億円の資産の提供という条件をもって合理性を認めることはできない。わずかな資産提供による莫大な利潤の集約、独占の構図がより明白になるのである。

しかも、再開発という手法を取ることにより、東急電鉄等は第1街区内の弱小地権者の権利を2,3,街区の建物内に権利変換して、合法的に追い出し、地上げをし、駅前の1街区を独占的な商業ビルとすることを可能にしたこと、参加組合員として保留床を一括取得し、開発後のマンション販売、ビル賃貸業、商業、ホテル経営などの開発利益を専ら独占することを考えると、東急グループの得られた利益はここでで計上できる数値を遙かに越えるのである。

ウ 資産的提供による開発利益の独占に何らの合理性はない

このように、大きな資産を有する企業が、一部の土地資産の提供によって、都市計画の規制を、専ら、自らに有利なように変更することができ、加えて、提供した資産の数倍の多額の利益を独占的に獲得できるというのは、都市計画が公共の福祉のために利用され、乱開発による住環境の悪化を防ぐために機能しなければならないという目的を大きく逸脱し、住民の権利を著しく侵害するものである。

ここに本件の本質があるのである。 この点は「再開発地区計画の手引き」にも、12頁にも「権利制限の内容を変え得るものは、基盤整備などの物理的な空間条件の整備であり、中略 お金を出せば容積率が買えるということではない、ということはもちろんです。」と明記してある。これを許すことは都市計画制度の根幹に「資産提供による濫用」の可能性を認め、この価値観がひいては行政担当者や決定権者に対する贈収賄などによって、都市計画制度を行政の腐敗の温床とする危険性を内包している。従って、この点に合理性を認めることは不当である。

4 本件公園変更決定が緑地面積の減少をもたらしたことの違法性

(1) さらに判決は都市計画公園の位置を変更するに際して、緑地面積が減少したことを問題とせず、都市計画公園の(告示面積)が従前以上の広さを確保するものであると短絡的に認定している。しかし、これは事実の認定および評価について大きな欠落、軽視がある。

原判決は5頁の事実認定の中で「従前の二子玉川公園の区域の東側にあった東京都市計画緑地多摩川緑地の一部(当時、東急自動車学校が使用していた敷地)を緑地から公園に変更するものであり、その結果、二子玉川公園の区域は全体として東に移動することになった。(甲39、乙88)。」としている。しかし、これが緑地を全体として3.5ha縮小する点で、自然環境保護の観点から従前の都市計画に違反する変更であることの認識が欠落している。

(2) 追加的主張

この点について、控訴人らの主張立証活動についても、原審の審理では、不十分であったので以下の通り補足する。

岩見意見書、(甲107号証)41頁には、「平成元年に公園の都市計画変更がなされる前は、図16の緑部分(A+B)が公園であり、面積は9.8ヘクタール(世田谷区都市整備部都市計画課『多摩川沿い地域整備計画』、昭和1987年3月 乙10号証)であった。それが、都市計画変更によって、同図の薄い緑の部分(B+C)になったのである。中略その結果、公園面積は約3.5ヘクタール縮小され、位置も東方向に約300m移動され、不便な利用が強いられることになった。」とある。この点は正確には2つの都市計画決定が同時に出され、決議されたものである。

すなわち、 甲90号証の平成元年5月26日の東京都審議会議事録を見ると明らかである。2頁に第3005号「東京都市計画公園の変更について」がまさに、本件都市計画公園の一部を削除し、一部を追加するという公園位置の変更の都市計画決定である。

さらに、第3011号「東京都市計画緑地の変更について」という議題がある。

3005号の説明は40頁14行目以下提案理由、3011号の提案理由説明は42頁にある。これはすなわち、上記の公園位置変更によって、追加される地域(東急自動車学校用地)が従来「都市計画緑地」と指定されていたものであるが、この一部の「緑地を公園への種類変更」することによって、全体としての多摩川緑地の面積は縮小されたことになるのである。

乙10号証の多摩川沿い地域整備計画の33頁にある表2−1を見ると、二子玉川公園と多摩川緑地の面積が共に「あらたに都市計画決定する面積ha」として「▼3.5」と表示されているのは、緑地指定されていた3.5haを公園へ種類変更したために、「公園予定地は変更前の告示面積としては縮小はない。」ように見えるが、実は「公園・緑地」全体としては3.5ha縮小していることを示している。

(3) 従って、「公園」の「告示面積」に限って言えば、一見広さが縮小していないように見えるが、「公園・緑地」全体としては3.5haも減少しており、地域全体としての自然環境保護が著しく侵害されたのである。このような都市計画公園の合理的理由なき、大幅な位置変更と3.5haもの緑地の縮小は、本件周辺地域の自然環境保護の地域性に著しく反し、その違法性は明白である。

5 まとめ

以上の事実を総合して判断すれば、本件の公園変更決定は、重要な事実の基礎を欠き、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等により、その内容が著しく妥当性を欠くと言うべきである。

第6 争点5総論について

1 13条の都市計画基準については総合的に判断すべきである。

都市計画法第13条は都市計画基準について、定めている。

都市計画基準とは都市計画法において、その本旨である公共の福祉の実現のために、守られなければならない基準である。原判決は、この都市計画法の根幹とも言うべき、同法13条の解釈を完全に誤っている。

原判決は本件再開発事業について、「公害防止計画の趣旨に必ずしも添わないものとはいえる」(31頁17行目以下)、32頁下から5行目では「本件再開発事業決定に基づく事業は、高層建築物を建築する点において上記指針(環境基本計画指針甲94号)には必ずしも沿わない部分があるとはいえる」ことを認定している。しかも、本件再開発事業について、乙8号証「世田谷区S58年の再開発基本構想、」に違反している事実や、乙11号証「世田谷区S62年3月の二子玉川東地区再開発基本計画」に記載の不一致があることなどをいずれも認めている。これだけ、他の計画との整合性や、上位計画との不一致が認められるとすれば、そもそも「都市計画」としての体をなしていないと言うべきである。

しかしながら、原判決は、都市計画法13条の1項各号の判断を、各号ごとバラバラに切り離し、相互の関連性を無視して、個別の争点に関する被告の言い逃れの反論を取り上げて、各号ごとに「違法とまでは言えない。」と断じている。本質を誤った不当な判断である。

都市計画法第13条1項本文は、一定の例示のある国土計画又は地方計画に関する法律に基づく公害防止計画を含む各計画及び施設に関する国の計画に「適合するとともに当該都市の特質を考慮して、次に掲げるところに従って、土地利用、都市施設の整備を図るものを、一体的かつ総合的に定めなければならない。この場合においては、当該都市における自然的環境の整備又は保全に配慮しなければならない。」と定めている。

都市計画基準について、裁判所が判断する場合には、全体的に都市計画が実現すべき公共の福祉の本旨に沿って、総合的に判断すべきである。

仮に、違法性判断に判決が言うような段階的な程度、濃淡がつけられるとしても、1つの項目について薄い色の違法も、多数の薄い色が集まれば、濃い色の違法になるのである。

本件のように複数の不整合事実が認められる場合には、被告の形式的な弁明、言い逃れを許すべきではない。これは、それぞれが深く関連しあって、全体として都市計画が、自然的環境の整備又は保全に配慮していない結果なのである。

以下、各争点ごとに詳述する。


2 争点5(1)都市計画法13条1項柱書きについて

(1) 原判決の誤り

原審において控訴人らは,本件再開発計画が東京都の定めた「東京地域公害防止計画」(以下「本件公害防止計画」という。甲95)及び東京都環境基本計画(以下「本件環境基本計画」という。甲94)に適合しないので都市計画法第13条1項本文に違反すると主張した。

これに対し,原判決は,明示的に規定されていないとか,再開発事業においても対策をとるべきことを定めてはいないなどといって,控訴人らが本件公害防止計画や本件環境基本計画に適合せず都市計画法第13条1項本文に違反すると主張した種々の点について,違法なものであるとまではいえないと判示した。

しかし,原判決の判断は,法の趣旨や本件公害防止計画等の理解を誤ったものであると言わざるを得ない。

(2) 公害防止計画等との整合性を求める法の趣旨

ア 都市計画法第13条1項本文の趣旨

都市計画法第13条1項本文は,都市計画が,国土計画や公害防止計画を含む地方計画,道路,河川等の施設に関する計画に適合するとともに,当該都市の特質を考えて定めなければならないとしている。そして,さらに,「この場合においては,当該都市における自然的環境の整備または保全に配慮しなければならない。」ことを注記している。

国土の利用方法を方向づける都市計画は,当該都市計画区域はもちろん,その周辺も含む広い範囲にわたり影響を及ぼすこととなり,国土計画をはじめとする様々な計画と矛盾したりその計画の目的を阻害するおそれもある。そのため,他の様々な計画を妨げることがないよう,整合性が必要なのである。そして,国土利用計画等との整合性を判断するに際しては,単に当該計画の明文の規定だけではなく,当該計画の目的とするところにも照らして判断されなければならない。

また,開発は,それによって人口や交通量の増加及び集中,排出される大気汚染物質やゴミ等廃棄物の増加を伴うもので,必然的に当該地域の環境に対する負荷を伴う。さらに,一度開発が進められ自然環境が破壊されてしまえば,これを元に戻すことは極めて困難である。そこで,都市計画法第13条1項本文は,わざわざ整合性を要する地方計画に公害防止計画を含むことを注記するとともに,とりわけ自然的環境の整備または保全については,厳しく整合性を判断しなければならない旨付言したものと解される。

イ 都市計画法第13条1項本文が整合性を求める公害防止計画等の趣旨

@ 東京都環境基本計画(甲94)

では,本件環境基本計画の目的はいかなるところにあるのであろうか。

本件環境基本計画は,その計画策定の意義において,「東京都環境基本条例9条に基づき,環境の保全に関する目標,施策の方向,配慮の指針及びその他重要事項を定めるものであり,環境の保全に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図ることにより,同条例の基本理念である

@ 都民が健康で安全かつ快適な生活を営むうえで必要とする良好な環境の確保及び将来の世代への継承

A 人と自然が共生し,環境への負荷の.ない持続的な発展が可能な都市の構築

B すべての事業活動及び日常生活における地球環境の保全の推進

を実現するために策定したものである。」(29頁,以下下線は控訴人ら代理人)とその目的を明らかにしている。

そして,さらに,「環境基本計画は,東京の環境のあるべき姿や環境保全に関する配慮の指針等を示すことにより,環境に影響を及ぼすおそれのある計画や事業と環境との調和・調整を図るものである。環境面からの配慮は,あらゆる計画や事業に不可欠な要素であることから,今後,都が立案するすべての計画は,環境面からの配慮においてこの計画を基本として整合が図られることになる。」(30頁)と明言している。

A 東京地域公害防止計画(甲95)

次に,本件公害防止計画について検討する。

本件公害防止計画は,政策策定の趣旨と題する部分で,「当地域には,このように,さらに改善すべき問題が残されていることに加え,市町部については,工業用地,住宅団地の造成等に伴う生産規模の拡大,人口増加等が見込まれることから,今後も引き続き総合的な公害防止対策を講ずる必要がある。」(2頁,以下下線は控訴人ら代理人)という.情認識のもとで,「当地域に係る公害防止計画は,旧計画の成果を評価検討し,施策間の優先度,緩急度を勘案しつつ,国の施策と有機的な連携を保ちながら,各種の公害防止施策を総合的,計画的に実施し,併せて公害の防止に資するよう自然環境の保全及び地球環境の保全に関する諸施策をも実施することにより,公害の早急な解決を図るとともに,公害の未然防止の徹底に努め,もって地域住民の健康を保護し,生活環境を保全する計画として策定するものである。」(2頁)とその趣旨を定めている。

そしてさらに,「未達成の目標を達成することに重点をおいて,目標が全体として平成13年度末を目途に達成維持されるよう努めるものとして本計画を策定するものとする。」として,達成を目標とする数値については,表1-3-1を引用して環境基準を示している。すなわち,本件公害防止計画は,環境基準を達成するための計画を定めたものである。

(3) 都市計画法第13条1項本文,本件環境基本計画(甲94)及び本件公害防止計画(甲95)から明らかになったこと

これまでに検討した都市計画法第13条1項本文,本件環境基本計画及び本件公害防止計画の目的や趣旨から,以下の点が明らかである。

ア 都市計画法第13条1項本文が整合を求めているのは,本件環境基本計画及び本件公害防止計画に明文で規定されている施策に限定されるものではないこと。

本件環境基本計画及び本件公害防止計画は,環境保全や公害防止に資する施策を総合的に計画・推進して都民の健康で安全かつ快適な生活を実現することを目的とする。そして,とりわけ本件公害防止計画は,具体的には,環境基準を中心とした未達成の目標を達成することに重点を置き,平成13年度末を目途に達成維持することを目標としているのである。
このような目的,目標(環境基準)を達成するためには,本件環境基本計画及び本件公害防止計画に明示的に掲げた施策のみを実施すれば足りるというものではなく,これらに記載した施策は,最優先の施策として例示したに過ぎない。

イ 特定行政庁東京都は本件再開発事業決定にさいして本件環境基本計画及び本件公害防止計画との整合性を厳しく吟味すべきであったこと

本件環境基本計画及び本件公害防止計画は,いずれも,本件再開発事業に対する許認可権限を有する東京都の一部局である東京都環境保全局環境管理部が策定したものである。東京都が自ら策定した計画を.効あらしめるためには,自らが認可権限を有する本件再開発事業についても,本件環境基本計画及び本件公害防止計画を実現できるよう,整合性を厳しく吟味すべきことは当然である。

実際にも,たとえば本件環境基本計画においては,「環境面からの配慮は,あらゆる計画や事業に不可欠な要素であることから,今後,都が立案するすべての計画は,環境面からの配慮においてこの計画を基本として整合が図られることになる。」(甲94,30頁,下線は控訴人ら代理人)と明言している。
そうであれば,再開発計画については直接都が立案するものでないとしても,認可権限を有し,場合によっては計画の変更求めることも含め深く計画に関与するのであるから,再開発の認可決定に際してもその計画が本件環境基本計画等と適合しているか否かが判断されなければいけないはずである。

(4) 本件再開発事業決定において整合性を欠く施策

本件再開発計画は,以下の諸点で,本件環境基本計画及び本件公害防止計画と整合性を欠いている。

ア 二子橋の交通流対策

@ 本件環境基本計画は,生活環境の現状と課題の項目で,第一番目に大気汚染をあげている(甲94,10頁)。そこでは,二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)の環境基準達成率が極めて低く,抜本的な対策が必要なこと,その原因が東京への業務機能の集中等により自動車交通量が増大したことなどにあることを指摘している。

そのうえで,大気環境の保全(すなわち大気汚染防止)のための施策として,「なかでも,自動車対策の基本である排出ガス規制,低公害車の普及促進などの発生源対策を推進するとともに,環境面からだけではなく,物流・人流対策,交通流対策も含め,様々な施策を活用して,自動車交通量の抑制を含む総合的な交通需要の管理に取り組んでいく。」(甲94,50頁,下線は控訴人ら代理人)ことを.言している。さらに,「施策の方向」においても,「物流・人流対策,交通流対策等の交通需要管理に取り組み,自動車交通量の抑制を図っていく」ことを改めて述べ(甲94,52頁),交通渋滞を解消するために交通流円滑化を図るとしている(53頁,55頁)。

A 本件公害防止計画は,自動車公害防止対策の体系として交通流対策が位置付くことを指摘している(甲95,124頁)。なお,本件においては,二子橋の車線数が縮減するために,国道246号(玉川通り)と多摩堤通りが交差する二子玉川交差点において国道246号の車線も縮減せざるを得ない事態は,交通流対策の「交差点の改良等」に含まれる。本件公害防止計画がこのような自動車公害防止対策を掲げているのは,環境基準を達成するには,そのような総合的対策を実施することが必要であるからに他ならない。そして,大師橋や府中四谷橋の対策をあげているのは,最優先に取り組む場所を示しているのであって,同様の問題を抱える他の地点については放置しておいてもよいという意味ではなく,同様に交通流対策を施した上で自動車公害防止に努め,環境基準を達成しようというのである。

なお,原判決は,「再開発事業を行う場合にそれと同時に交通流対策をとるべきことを明示的に定めるものではない。」(原判決30頁)とするが,前述のように本件環境基本計画が「環境面からの配慮は,あらゆる計画や事業に不可欠な要素であることから,今後,都が立案するすべての計画は,環境面からの配慮においてこの計画を基本として整合が図られることになる。」(甲94,30頁,下線は控訴人ら代理人)としているように,あらゆる計画や事業を対象としていること,さらに,本件公害防止計画も「工業用地,住宅団地の造成等に伴う生産規模の拡大,人口増加等が見込まれることから,今後も引き続き総合的な公害防止対策を講ずる必要がある。」(甲95,2頁)として生産規模を拡大したり人口増加が見込まれる環境負荷の大きなプロジクトについては公害防止対策を講ずることを求めていることから,再開発事業についても交通流対策を講ずべきことは明らかである。

イ 多摩川沿いの景観軸の形成

@ 本件環境基本計画は,「自然環境の現状と課題」において,これからのまちづくりにおいては,良好な東京の自然環境を保全することはもとより,景観及び歴史的・文化的遺産を将来にわたって保全し,歴史的背景や文化的雰囲気にも配慮した東京らしい景観を作り出していく必要がある(甲94,23頁)とする。

そして,施策としては「(ウ)まちづくりに当たっては,地域特性に応じて,周辺の環境と調和のとれた美しい都市景観を創出するように誘導する。(エ)各種開発を進めるに当たっては,歴史や伝統を伝える建造物等の文化遺産や個性あるまちなみなどについて,可能な限り保存する。また,由緒ある道,坂,橋など東京が持つ貴重な歴史的・文化的遺産の保全に努める(オ)風致地区等の制度を活用し,地域に合った景観の維持,創造を図る。」等と定める(甲94,76頁)。さらに,本件再開発地域を含む「新山の手エリア」については,「F開発に当たっては,崖線,雑木林等の自然地を保全」するよう努める(甲94,90頁)としている。

これらの趣旨は,自然環境や景観は,一度破壊されるような事態となれば,後にそれを回復することが困難となってしまうため,開発にあたっては,慎重に地域適合性を判断すべきとしたものと解される。

A これに対し原判決は,「同エリア内には商業や事務所機能が集積している場所もあって,上記の指針を一律に適用するものともいい難い」として,本件再開発事業決定等に基づく事業が必ずしも上記指針に沿わない部分があるとはいえるとしても,直ちに本件環境基本計画に適合せず,考慮すべき事項を考慮しなかったゆえ違法とされるべきであるとまでは言えないと断じた(原判決32頁)。しかし原判決は,本件再開発地域を含む二子玉川地域の地域特性を無視していると言わざるを得ない。

B 二子玉川地域の地形を特徴づけている国分寺崖線は,多摩川が10万年以上の歳月をかけて武蔵野大地を削り取ってできた段丘であり,国分寺崖線の斜面には,貴重な自然の緑地が広がり,湧水も豊富である。周辺には,多くの貴重な動植物が生息している。世田谷区が,区の三大自然宝庫と定めている「等々力渓谷,国分寺崖線,湧水」のうち.に二つが至近に存在する優良な環境の地域である。さらに,国分寺崖線から多摩川の方向を望むと,大きな空が広がり,丹沢の山並みや富士山の眺望が得られる地形である。このような豊かな自然と美しい風景に恵まれた二子玉川地域には,大正から昭和初期にかけて別荘が多く建築され,現在も当時の面影を残した建物が点在する。第2次世界大戦後は住宅建築が進められたが,周辺が風致地区に定められ,土地利用が規制されることによって,二子玉川地域の豊かな自然と美しい眺望が保全されたのである。

C そのような地域特性を無視したうえ,都市計画公園予定地をわざわざ変更してまで計画された高層建物群を中心とする本件再開発計画は,二子玉川地域に居住する多くの住民たちの土地利用を規制されるという犠牲のうえに胡座をかき,住民たちの犠牲によって守られた景観を再開発組合が独占しようというものである。本件環境基本計画に沿わない計画を断行すれば,二子玉川地域の自然環境や景観はたちまち破壊されてしまうのである。このように,本件再開発計画は,誰の目にも本件環境基本計画には適合しないのである。

ウ 環境影響評価について

@ 本件再開発事業決定に先だって行われた本件環境影響評価は,大気質調査が不十分であって,本件環境基本計画及び本件公害防止計画に基づいた適切な評価がされたとは言い得ない。

原判決は,上野毛3−20において大気質の調査をしたことをもって,駒沢通り沿いで丸子川にも近い場所において調査したと認められるから,控訴人らの主張には理由がないとした(原判決33頁)。


しかし,自動車公害の影響を適切に判断するのであれば,当該道路すなわち本件においては駒沢通りにおいて,交差点とそれ以外の沿道の両方において大気質調査をすべきであった(甲155,2頁)。なぜならば,自動車の走行時と発進・加速とでは,有害大気汚染物質の排出状況がことなるからである。

したがって,これを怠った本件再開発事業決定に先立って行われた環境影響評価は不適切なものであったと言わざるを得ない。

A 圧迫感の測定方法について

圧迫感は、東京理科大学名誉教授武井正昭氏の研究により、形態率の測定によってその数値化、実観化が可能となり、また、昭和62年以降現在に至るまで「環境影響評価が科学的かつ適正に行われるために必要な技術的事項及び留意事項」として「東京都環境影響評価技術指針」の評価対象となっている。圧迫感は、人間の精神、身体に重大な影響を及ぼすものであり、圧迫感を受けずに生活することはまさに人間の人格的生存に不可欠である。よって、圧迫感を受けずに生活する権利も日照権などとともに住環境に関する人格権の1つとして法的保護に値する権利であるというべきである(名古屋高裁平成18年7月5日判決参照)。

本件再開発事業の環境影響評価における圧迫感の変化の予測については、環境影響評価技術指針において示された「形態率」ではなく、「仰角による方法」を採用しており、法令に違反した環境影響評価を行っていること、平成6年12月発行の「技術指針」解説第15:景観の項目では、景観に及ぼす影響の内容並びに程度を評価対象としており(甲24、甲113)、景観に及ぼす影響を評価する場合、もっとも影響が大きい場所で評価するのが当然である(本件では、本件再開発地域の外周に接している道路の反対側境界線)にもかかわらず、本件大開発事業の環境影響評価では、再開発事業地域から最小で150メートル、最大で500メートルも離れた場所の圧迫感を評価しており、測定地点が不適切であることなど誤りがある。

さらに、被控訴人が圧迫感の測定方法について、「仰角による方法」を採用したことは「東京都環境影響評価技術指針解説」(甲24甲113)148〜149頁の理解に誤りがあるものである。この点は甲110号証の高本直司意見書に詳細に論じられている。

まさに、形態率で測定すれば、30%以上という、明らかに許容限界値8%を遙かに越える数値が出ているにもかかわらず、環境影響評価で問題にならないような結果を導き出したのは、意図的に測定方法をすり替えることによって、誤魔化したからに他ならないのである。仰角法はもともと圧迫感を測定する方法ではなかった。そのことから、昭和63年当時の技術指針解説(甲111)には192頁(4)予測手法の選択又は組み合わせC「圧迫感の変化の程度についての予測は」の記載欄に「形態率図の作成」とともに「最大仰角図の作成」が例示として記載されているのに、平成6年12月発行の「技術指針解説」(甲24、甲113)では148頁の同じ項目の欄に「最大仰角図」記載が削除されていることや「次の文献を参考に評価を行う。」として、武井論文を参考にするように指摘している。

このような科学技術の進歩による指針の変更と、「予測対象」ごとに、「予測手法」を特定して指示しているというのが緻密な技術指針である。

すなわち甲24、113号証148頁の四角囲みの下にある文章は、「(1)予測事項は次に挙げる内容とする。」とあって、@からCまでの項目をあげ、その頁の下から3行目「(4)予測手法の選択は組み合わせは、次にあげるとおりとする。」として、予測事項ごとに取るべき予測手法を規定している。そこでは149頁6行目Cには「圧迫感の変化の程度についての予測は、形態図表による形態率、天空図の作成等の手法による。」

このような予測事項ごとに、適正な予測手法を特定して、指示していることは、「天空図の作成等」という表現は、あくまでも、形態率測定のための作業としての形態図表や天空図の作成という複数の作業を示す「等」であって、この中に仰角法が含まれるとする非控訴人の主張は、科学的に行われるべき環境影響評価を意図的にねじ曲げる違法な方法である。その結果は形態率という極めて明白な数値化した圧迫感の予測値が、軒並み許容限度を上回っているという結果が何よりも物語っている。その詳細は、より具体的にわかりやすく、その問題について1級建築士高本直司作成の意見書甲110号証24頁から25頁に詳細に説明済みであり、これを、理解せずに認定した裁判所の判決は科学的見識を欠くもので誤りである。

3 争点5(2) 13条1項7号違反

(1) 一体的に開発し又は整備する必要性の不存在

原告らの主張の根本は、そもそもこの地域について、現事業の内容での開発整備する必要性そのものが存在しないとするものである。そして、その根拠として、甲66号証(昭和54年の世田谷区基本計画)には当該地域を「広域生活拠点とする」定めがないことや、 現事業の計画内容が乙8号証「S58 再開発基本構想、」(世田谷区)が具体的に定める「地域の整備課題」を解決する内容になっていないこと、「地域の景観を保全するために低層高密度の住宅を建設すべきという整備方針に反していること、乙11号証(「昭和62年の再開発基本計画」)に反して、容積率の緩和について「上限500%」としながら、「660%」の容積率を定めていることなどをその理由としている。

これに対し、被告の反論は「上記の構想や方針をふまえている上、区民の権利をことごとく侵害するものでない。」と杜撰な反論しかしていない。

(2) 原判決の誤り

原判決は、この点について、その後の諸情勢の変化をふまえて、昭和62年には「世田谷区新基本計画」が策定されていたから昭和54年4月の「世田谷区基本計画」は本件再開発事業の上位計画であるとはいえない、といいつつ、再開発計画についても「乙11号証の昭和62年の基本計画」があるのだから、「乙8号証の基本構想」も上位計画とは言えないと断じている。

さらに、そのうえで、乙11号証の記載中にある容積率「T−a、T−b、500%、U−a400%、V300%」という記載が本件都市計画決定「T−a600%、T−b660%、U−a520%、V370%」との間に「不一致がある」ことを明確に認めている。これと現事業との内容の不一致については、「法的に拘束するものとは解しがたい」ことと、後者の容積率を前提として本件影響評価等(乙1号証)を行っていることを勘案すると、違法とまで言えない、と断じている。

このような原判決の判断では、「都市計画の計画性」は全く担保されない。

すなわち、開発の必要性も、計画内容の変更についての合理的説明も一切不必要で、「その後の諸情勢の変化」を理由にいかようにも変更が可能だと言うことに等しい。しかも、その後の諸情勢の変化とははまさに、東急グループの開発意欲を受けこれを実現するための条件整備である。このことは繰り返し述べているように、S60年から始まった甲40号証の密約協議の時期に合致していることから明らかである。

(3)客観的な再開発の必要性はなく、あるのは再開発要求のみである。

控訴人の主張しているのは、いずれも、計画の必要性と、その具体的内容を決する根幹にかかる重大な事実である。

ア 1つは、被告がこの事業の正当性を主張する際、再三主張する「本件地域は世田谷区内における「広域生活拠点」である。」という位置付けは、準備組合設立時であるS57年当初からあったものではなく、S58年の基本構想作成時の上位計画にも存在しなかった。事後的にS62年に上位計画である世田谷区の基本計画を手直ししてつじつまを合わせて、再開発の必要性を『作り上げた』ということである。開発の必要性の偽装である。

イ もう一つは、本件再開発事業の現計画内容が、S58年当初、当該地域の開発の必要性、保全の必要性として示されていた整備課題、整備方針を実現する目的に反しており、その後に作成されたS62年の基本計画における容積率の上限をも逸脱していることである。

被控訴人が「ふまえている」とごまかした反論しかできなかった点を、原判決は、その内容に踏みこみ、控訴人の指摘の事実経過を認定しながらも、全く前提たる計画を無視して、専ら開発利益の実現のために上位計画である世田谷区の「基本計画」すらいかようにも事後的に書き換えるという無謀な都市計画の運用を司法が追認するという過ちを犯している。

ウ 東京都の計画についての偽装

尚、原判決は、このようなつじつま合わせ「開発の必要性の偽装」工作が、同時期に、東京都の都市計画をも露骨にねじ曲げていった事実も見落としている。

甲86号証では、S58年12月12月当時は、東京都において「再開発促進地区」には含まれておらず33番目の再開発誘導地区にすぎず、S60年11月段階の都市再開発方針の素案でも「誘導地区」にすぎなかったが、素案作成後に急遽S61年11月に「再開発促進地区」として都市計画決定された。これも再開発要求実現のための事後的な条件整備に他ならない。

4 争点5(3)都市計画法13条1項11号違反

原判決は昭和58年の「基本構想」が後に改められて都市型高層住宅も整備する方針になったことから同条1項11号違反とはならない旨判示している。すでに述べたとおり昭和58年基本構想が「改められた」との点は誤ったものであるが,そもそも同号の規定は,都市計画法7条の8の2と同様,「再開発地区計画は,土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新が図られることを目途として・・定めること」と再開発地区計画の公共的利益への貢献を目的とすべきことを定めている。

従って,前項で述べたとおり,本件再開発事業は同条1項11号に違反し,違法である。

5 争点5(4) 都市計画法7条の8の2違反(再開発地区計画)

(1) 再開発地区計画制度の目的

ア 公共的利益に資すること

都市再開発法7条の8の2第1項には,再開発地区計画の目的を,土地の「合理的かつ健全な高度利用」と「都市機能の更新」をはかることと定めている。

これらの文言は必ずしも一義的に明確な基準を示すものではないが,再開発地区計画制度は,従前の都市計画的規制を変更し,容積率等の公的規制を緩和するものであり,それが容認されるのは,公共的利益に資するものではなくてはならないことは異論がないはずである。公共的利益に資するものといえなければ再開発地区計画として認められるべきでないことは,争いの余地がないことである。

上記のような考え方を前提にすれば,上記目的規定における「合理的かつ健全な土地利用」とは,地域環境改善等の公共的利益に資するような土地の利用でなくてはならず,土地の収益を高めることを主眼とするような高度利用は再開発地区計画制度の目的にはそぐわないものと評価されることとなる。

そして同様に「都市機能の更新」とは,何でも新しくすればよいのではなく,従前の都市機能の改善につながるようなものでなくてはならないと解される。

原判決は「再開発地区制度の趣旨,殊に,同制度は大都市圏における宅地及び住宅,業務床の供給の促進をはかることをその趣旨の一つとするものであることに照らすと,『環境効用を高める土地利用』でなければ『高度利用』に当たらないとまではいうことができないと」して控訴人の都市計画法7条の8の2違反の主張を排斥している。

しかし住宅や業務床の供給のための「土地の高度利用」は開発者の利益には直結しても,しばしば公共的利益に逆行するものとなるのであり,再開発地区計画制度の目的規定は,このようなことのないよう「健全で合理的な」土地利用でなくてはならないとしているのである。再開発地区計画制度による住宅・業務床の供給促進は,地域環境の改善等の公共的利益と統一的に果たされなくてはならないのであり,地域環境破壊を正当化するものとはなり得ない。原判決はこのような法の趣旨を理解しない,誤ったものである。

イ 「公共的利益への貢献」の評価基準

それでは「公共的利益への貢献」の内容を具体的にはどう考えればよいであろうか。

この点に関し,「再開発地区計画の手引き」(甲118)では,「再開発地区計画制度は,市街地環境の改善,都市における諸活動の効率化,美観の創出,良好なコミュニティの形成,地域の交通条件の改善,地域経済の活性化,文化の創造に寄与する都市空間の設定(いわゆる優良なアーバンデザイン)による,一体的かつ総合的な市街地の整備に資するプロジェクトを誘導する手段である」としている(20頁)。

そして「相当規模の土地の区域における土地利用転換は,都市のかかえる諸々の課題の改善を図る上で重要な機会を提供するものであることを考えれば,本制度の活用にあたっては,地域活力の創出,市民の交流の場の提供,地域の交通条件の改善等,都市政策上の広い観点からの要請を踏まえ,誘導されるプロジェクトが良好な地域社会の形成に資することとなるよう努めることが重要である。」とされる(同20頁)。

従って計画策定に当たってはプロジェクトの都市に対する貢献内容が積極的に確保されるようにすることと同時に「プロジェクトが交通等周辺環境に及ぼす影響を検討し,これに対する適切な対策が講ぜられるように定めること。すなわちプロジェクトの及ぼすマイナスの影響が適切に処理されるようにすること」(同21頁)が重要である。

こういった内容こそが「公共的利益への貢献」の有無を評価するための具体的な基準となる内容であり,都市再開発法7条の8の2第1項の目的規定の適合性は,このような視点から各プロジェクトの具体的な中身を評価して決すべきことである。

ウ プロジェクトの評価ポイント

更に「地区計画の手引き」では,「企画評価書」による事前検討作業を行っていく方法を推奨しているが,その中でプロジェクトの評価のポイントを次のように具体的に指摘している(63頁以下)。これはこれまで述べてきた再開発地区計画制度の目的からして,プロジェクトがどう評価されるかのポイントを示したものとなっている。

1)計画内容の優良性

「プロジェクトが地域社会に対して何らかの社会的なプラス面を顕著に持っていること」であり,「地域に望ましい都市機能の供給をはかること,優れた空間構成を持つ市街地を形成すること,必要な公共施設の整備を行うこと,その他地域への還元策として例えば文化施設整備を行うなど,計画内容が地域的な要請からも妥当」であることである(70頁)。

2)影響予測とその対策の適切さ

プロジェクトの社会的なマイナス面に対するカバーが適切になされていることがもう一つの評価のポイントになる。「手引き」では交通条件や供給処理場権などと並んで,「優れた自然や歴史にかかわる場合」には「自然的、歴史的条件」について影響予測を行うことが重要と指摘されている(71頁)。

3)計画内容の妥当性

ここでは容積率の緩和,高さ制限の緩和,用途制限の緩和などの計画内容が妥当なものかどうかを検討するポイントが示されている(73〜77頁)。特に容積率緩和の妥当性評価基準として以下の点が挙げられている。

a.市街地環境の改善
(例示)・道路,公園,駅前広場などの公共施設整備,駅とのアクセス改善,ほか

b.都市における諸活動の効率化
(例示)・幹線道路整備等,ほか

c.美観の創出

d.良好なコミュニティ創出
(例示)・公的若しくは勤労者向け住宅の供給
・市民の交流やにぎわいを生み出す広場等の整備
・福祉施設整備

e.地域の交通の改善
(例示)・交通広場,交通ターミナル,バスベイ,新駅等の交通拠点に関する施設整備,ほか

f.地域経済の活性化

g.文化の創造
(例示)・高次教育施設の設置,美術館,図書館,コンサートホールなど地域に必要な文化施設の設置・歴史的建造物の保全

h.その他
(例示)・供給処理施設(中水道,地域冷暖房等)整備

エ 本件再開発地区計画における公共的利益への貢献

以下このような視点から,まず本計画の顕著な特徴点を中心に検討していき,さらに「事業計画書」(甲53)における本件再開発事業の目的内容,「二号施設」などの問題を検討し,本件再開発地区計画は公共的利益への貢献が極めて乏しいものであることを明らかにしていく。

(2) 超高層住宅を中核とする巨大な規模の事業であること

ア 本件再開発事業は施行区域11.2ヘクタールと,かの六本木ヒルズ(11.0ヘクタール)を超える,我が国最大級の規模を有している。総事業費は998億円と世田谷区の財政規模の約半分となる巨大事業である(甲107,28頁)。

計画によると高層・超高層建築物7棟が計画されており,最高高さ155m,延べ床面積41万7000uに及んでいる。3棟の超高層マンションを含むV街区には1033戸の区画が予定され(甲162),いずれもファミリータイプであるから,完成時には3000〜4000人の人口がここに居住することが予想されている。まさしく「新しいまち」が作られるのである。

いうまでもなくこのような本プロジェクトは開発者にとってはビッグプロジェクトとなることが明らかであり,「単に開発者からの土地利用転換要望のみを持って規制の緩和をはかる」ようなことがあってはならない(甲118・63頁)。

しかし巨大事業であることは以下の2つの意味で公共的利益への貢献を困難にする要素となる。本件ではまさしくこのような危険性が現実化したものである。

イ 第1に,地権者にとっては経営リスクが大きくなるため,非営利的・公共的施設は自ずと制限される傾向が生ずる。

本件再開発事業においては,公共施設は道路,及び交通広場の他には,地区公園(520u),街区公園(2000u)のみであり(甲2・3頁),高層マンションと業務棟に公共的な施設は全くない。「地域から望まれるような文化施設」も「福祉施設」も「高次教育施設」も何もない。上記の公園も建築物延べ床面積のわずか千分の6程度の面積しかなく,いささかお寒い限りという他はない。

また,供給される住宅も一定以上の高所得者向けの「邸宅街区」(甲162)であり,前記「手引き」が例示するような「公的住宅」「勤労者向け住宅」(アフォーダブル住宅)などは皆無である。

また第V街区は超高層マンションが林立する地区であるにもかかわらず,その建ぺい率は74%と極めて高い。一般的には超高層建物を建築する場合は,建ぺい率を下げて建物周辺の空地を確保し,地域の環境保全や,公共目的の用途に貢献することが目的とされる。現在事業認可がなされたU−a街区の建ぺい率も80%であり,これは「異常」という他はない(甲159)。「手引き」においても,建ぺい率の最高限度の定め方については「敷地内に空地を適切に確保することにより,良好な環境を備えた各街区が形成されるよう定める」ものとされている(甲118・39頁)。かかる事業は「優れた空間構成を持つ市街地の形成」に貢献するものとはなり得ない。

ウ 第2に,巨大開発は必然的にこれを支える都市基盤,公共施設への負荷を増大させ,地域の生活環境に大きなマイナス要因となる。

本件のような大規模な商業施設,業務施設は必然的に交通需要を増大させ,鉄道の混雑,自動車交通の増大をもたらす。本件において鉄道の混雑問題については全く何の対策も検討されていない。

また一定の道路整備が計画はされているが,地域的な課題とされる丸子橋をネックとする玉川通りの交通渋滞問題(昭和58年基本構想・乙8)は一層深刻化することが明らかであるにもかかわらず,全く何の対策もとられていない(「手引き」によれば,「周辺の都市計画道路の容量が十分でなく,かつプロジェクトの計画が著しい自動車交通の発生・集中を引き起こすような場合など,特に土地利用転換による交通上の影響が広範に生ずると認められる場合においては,都市交通に関する広域的な検討を行い,適宜都市計画道路の見直しを行うことが必要となる。」(甲118・33頁)とされている)。

また学齢人口(6〜14歳)の全人口に対する比率は概ね7%内外であるから,第V街区の住宅供給により200〜300人もの学齢人口が増加することとなるが,これを受け止める教育施設,公共施設などは全く計画されていない。

「手引き」の評価ポイントでいう「地域の交通改善」,「良好なコミュニティ創出」や「文化の創造」にこの事業が貢献する内容は一つもないどころか,社会的なマイナス面に対するカバーもなされていない。



(3) 東急グループ企業が事業地の85%以上を有している事業であること

ア 本件再開発事業地は,その85%以上が,東急電鉄,東急不動産,東急建設の東急グループ企業が所有している(甲107・39頁,甲10)。

特に第V街区は東急グループ以外の所有者はおらず,第U街区についても殆ど全てが東急グループの所有地である(甲107・41頁図15)。

この点は一般的な再開発事業と比較して,本件再開発事業の極めて顕著な特色と言うべきである。この事実は公共的利益への貢献の有無を評価する際にも,軽視してはならない。

イ 第1に,本件再開発事業による利益はほぼ独占的に東急グループが取得する構造となっていることである。この利益は出資不動産に対する配分のレベルのみならず,再開発事業による規制緩和などの特例的取り扱いや,公的援助などの優遇措置の恩恵を実質的にはほぼ全て東急グループ企業が享受することを意味する。

これら優遇措置により,東急が取得した利益について,岩見教授は前述したとおり,これを900億円以上と試算している(甲150)。

これらの計画利益は本来公共の利益として還元されなくてはならないものである。このような莫大な利益に見合う公共的利益への貢献は認められるのかが本件では問題とされなくてはならないのである。

ウ 第2に,多数決によって事業地の大半を所有する東急グループ企業の意思で事業内容等が決定されることとなっている点である。従って,「権利変換」の手法を用いることにより,駅前の商業地の零細地権者から合法的に「地上げ」を実現することが可能となっている。

第V街区全域と第U街区の大半については,地権者である東急がやろうと思えば単独でビルやマンションを建築することが可能である。しかし東急はそのような方針はとらず,比較的他の地権者の所有地が多い駅前の一等地である第T街区を含めて再開発事業をを行うこととした。これにより,東急としては圧倒的な意思決定権限を保持しつつ,より有利な再開発を実現することが出来ることとなった。東急にとっては,第T街区を第U,第V街区と一体のものとして再開発事業の仕組みを作ることにより,極めて大きな利益を得ることが可能になったのである。

エ こうして東急主導の権利変換計画によって,駅前の第T街区にいた事業者(商店など)はU−b街区の低層商業棟に,居住者は第V街区の超高層住宅に変換された。そして東急はT−b街区の駅前メインビル(ガレリア)に権利床を取得し,また保留床を取得することによってメインビルを独占することも可能となったのである。

このような事業は明らかに「再開発事業の公平性」を損なうものである(甲107・45頁)。のみならず,従前の駅周辺の商店等を駅から150〜250mも離れた区域に追いやり,駅前メインビルは東急のみが独占するというような事業が,「地域経済の活性化」,「商業及び業務の活性化」などの公共利益に貢献するものとは考えがたい。

オ さらに,駅前のバス,タクシー乗り場が廃止され,改札口から約150メートル離れた交通広場が設置され,そこには東急が独占取得した商業施設ガレリアを通らなくては行けない構造となっていることも,東急の利益を公共の利益に優先させたものとなっている。高齢者,乳幼児連れ,病人,障害者や,日常の通勤,通学で利用する多くの住民にとっては不便になるばかりであり,「市街地環境の改善」「地域交通の改善」などの公共的な要請には逆行するものというべきである。

(4) 公園の都市計画を変更して実施された計画であること

ア 本件再開発事業の施行区域の大部分(概ね第U,V街区)は都市公園として都市計画決定がなされていた。ところが,平成元年6月,都市計画変更が行われ,この区域は公園から削除された。この公園変更は再開発事業と一体のものとして行われたことは明らかであり(世田谷区と東急の「密約」にも明記されている。甲40),このことは本件再開発事業の公共性判断にも重要な意味を有している。

一般に「都市計画の規制は,効率的な都市活動と良好な市街地環境を確保する観点から,その地区の都市構造上の位置,公共施設の状況,周辺の土地利用の状況等を勘案して,民.的な合意の手続を経つつ,合理的かつ公平なものとなるように定められてい」る。本件の公園の都市計画もこのようにして定められたものである。これに対し「大規模空閑地のプロジェクトは・・大局的かつ長期的な観点からたてられている上位の公的な土地利用計画とは無関係に,土地所有者である企業等の事業上の都合という形で随時随所から提案されてくることが現実にはむしろ一般的」であるとされている(甲118・4頁)。

本件のプロジェクトも,上記公園の都市計画が,事業地の大半を所有している東急グループ企業の事業的な欲求と矛盾していたことが,公園変更の最大の要因であったことは前述したとおりである。従って都市公園の都市計画をあえて廃止しても,それを上回る公共的利益への貢献が認められるかどうかが問題とされなくてはならないのである。

イ 再開発地区計画制度は,「産業構造,輸送体系等の変化に伴い,都市の枢要な位置において発生してきている工場,倉庫,鉄道操車場,港湾施設等の跡地を.たるターゲットにして」設定されたもの(「手引き」甲118・はしがき)であり,例えば工業系の用途地域が指定されている地域でも住居型・業務系土地利用に転換することが合理的で,かつ公共的な利益に貢献するような地域を対象とするものである。

しかし本件のように,既に都市公園としての用途地域が指定されている区域について,これを住宅系・業務系の土地利用に転換していくことが合理的といえるようなケースは果たしてどれだけあるであろうか。再開発地区計画制度は,公園として将来開発が計画されているような地域を対象としたものではないのである。

ウ しかも本件の場合,当初の都市計画が事業化され,駅や既存市街地の至近の地に9.8ヘクタールに及ぶ広大な公園が実現すれば,そのことの公共的な意義は極めて大きかったはずである。

この公園は,優れた景観と水辺を生かしたオアシスとなり,更に様々な文化施設やスポーツ施設を充実させることにより,近隣住民の憩いの場となるのみならず,都心部や近郊からの文化施設への来訪,スポーツ参加・観戦,観光などによるにぎわいを生み出す広場にしていくことも期待できたであろう。二子玉川の駅前はこの緑深い公園広場の入り口に広がる商業・業務エリアとして計画的に整備していくことにより,大きな発展を遂げたであろう。

仮に,本件再開発事業地が計画当時は「有効利用されていない大規模空閑地」の体をなしていたかもしれないが,だからといって本件再開発事業が「市街地環境の改善」や「地域経済の活性化」などの公共目的に貢献したとの評価が正当化されるものではない。都市公園としての開発という既存の方針があったのであるから,これが実現すれば,それは地域の風致地区規制や,国分寺崖線などの自然環境と調和し,近隣住民に支持された優れた都市開発の姿として多くの人々から評価されたであろう。本件再開発事業にこれを上回る公共的利益への貢献を望むべくはないことが明らかである。

(5) 人工地盤が構築されること

ア 本件事業ではU,V街区について6〜7mの高さの人工地盤が設けられることとされている。これが周辺地域の水害の危険性を高めるものであり,本件事業が何ら有効な対策をとっていないことは後に詳しく述べるとおりである。

人工地盤は,これによってたとえ周辺地域の洪水の危険性を高めても本件事業地のみは洪水被害から免れようとする極めて利己的な目的により設けられたものと考える他はなく,地域の公共的利益に貢献するどころか,これを脅かすものとなっているのである。

イ 人工地盤の公共的意義を考える場合のもう一つの重要な問題は,「人工地盤は,周辺地域との連続性を心理的にも,物的にも希薄にし,周辺から隔離された孤立的環境を作り上げる」(岩見・甲107・30頁)ことである。

物理的には再開発区域外の居住者の多摩川河川敷へのアクセスを困難にするため,河川敷のレクリエーション機能を奪うばかりではなく,災害時の広域避難場所としての機能を奪うこととなる。世田谷区「都市整備方針」(2005年)でも,世田谷区の「都市計画概要」でも,再開発区域沿いの河川敷は広域避難場所から除外されている(甲107・24〜25頁)。

また再開発地域内の住民と周辺住民が一体となって新たなコミュニティを作り出す可能性を極めて乏しいものとし(甲107・30頁),逆に洪水被害をはじめとして住民の間に対立的な意識を生み出すことが容易に想像される。継続的なまちづくりの担い手である地域住民のコミュニティは分断,破壊され,「良好なコミュニティの創出」の目的には逆行し,また「持続可能なまちづくり」の観点からも憂慮すべき事態となる。

ウ 事業計画書では,人工地盤についてはV街区の設計方針として「街区公園と一体となった『水と緑の公開空地』の整備をおこな」うこと,「二子玉川公園と『歩行者連絡通路2号』で連絡するなど,歩行者の安全性,快適性を確保する」ことを目的とするかのような記載がある(甲53、3頁)。

しかし「街区公園と一体」というのは二子玉川公園も盛り土による人工地盤を作ることが前提とされた議論であり,公園に盛り土をすることにも必然性がない以上,人工地盤の公共性を説明するものではない。公園から多摩川の水辺へのアクセスについても公園の構造,設備を工夫すれば何の問題もなく,また「緑の整備」を図るためには,人工地盤よりも自然の地盤の方が遙かに有利であることは言うまでもない。

また「歩行者の安全性,快適性」を確保するためであれば,人工地盤を作る必要はない。ペデストリアンデッキなどにより,歩行者と自動車を分離するなどいくらでも手段はあるのである。

このように人工地盤には見るべき公共的利益への貢献は認められず,むしろこれを侵害するものであることが明らかである。

(6) 本件再開発事業の「目的」と公共的利益への貢献

ア はじめに

本件再開発事業の「事業計画書」(甲53)では,本事業の目的を「都市基盤の整備と併せて駅周辺の商業及び業務の活性化を図ると共に,大規模未利用地を活用して土地の合理的な高度利用と都市機能の更新を行い,水と緑の豊かな自然環境と調和した安全で快適な居住機能を含む複合市街地の創出を図ること」としている。

以下これらの点を検討していく。

イ 都市基盤の整備

都市基盤施設とは,一般に,道路・街路,鉄道,河川,上下水道,エネルギー供給施設,通信施設などの生活・産業基盤や学校,病院,公園などの公共施設を意味する。

本件再開発事業においては,前述したとおり道路とわずかな公園以外,都市基盤施設は全くない。道路については事業地内道路(この整備は当然)の他,関連事業として放射4号線(玉川通り),補助125号(玉堤通り)の拡幅,補助49号(駒沢通り)の整備などが計画されている。これらは本件再開発事業による人口集積,交通需要の増大に対応する最低限の施策である。すなわち前記の「手引き」にいう「都市基盤に対するマイナス面の影響への対策」の域を出るものではなく,しかも拡幅・整備区間は限局的で対策として十分なものかどうかも検証されていない。

他方本件再開発事業周辺地域では二子橋を起点とする玉川通りの交通渋滞問題が整備課題とされてきた(昭和58年基本構想,乙8・11頁など)。本件再開発事業はこのような地域の公共的な課題の解決の貢献するものとはなっておらず,むしろ渋滞を激化させる要因となるおそれが高いものである。

本事業は都市基盤整備(前記「手引き」のいう「都市における諸活動の効率化」)のため貢献したとは到底評価し得ないものである。

ウ 商業・業務の活性化

すでに述べたとおり,既存の駅前の商店等をU−b街区に追いやり,駅前ビルを東急が独占するような本事業は,一時的には繁盛することはあっても,特定の大企業に依存した街の繁栄が持続的な商業業務の活性化につながるかどうか極めて疑問というべきである。

エ 大規模未利用地の活用

この「大規模未利用地」は前述したとおり都市公園としての都市計画がなされていたもので,あたかも他に活用方がないかの如き,上記のような記載は極めて恣意的なものと言うべきである。

オ 土地の合理的な高度利用

土地の高度利用は,土地の経済効率を高め,その資産価値を上昇させる。これは土地の権利者の個人的利益を増大させるものであり,それ自体は公共的利益とは無縁である。むしろこれと対立的な影響を伴うことが多い(例えば高層建物が建つと,日照,風害,電波障害,圧迫感など周辺に様々な否定的影響が生じる)。そこで法は「合理的かつ健全な」高度利用,すなわち公共的利益に貢献するような高度利用でなくてはならないとしているわけであり,それを受けて「再開発地区計画の手引き」(甲118)などに見られるように,そのための判定基準が検討されているのである。本書面ではこのような判定基準に則して具体的な検討を行ってきたのであり,このような中身抜きに「合理的な高度利用」の文字面だけを並べて,公共的な目的に資するかのように取り繕っても意味はないのである(もっとも上記「目的」の記載には,「かつ健全な(高度利用)」という一節が消えていることは,本事業の実態を示すものということであろうか)。

カ 都市機能の更新

「都市機能の更新」は前述したとおり,従前の都市機能の改善に資するようなものでなくてはならない。対象地区が大規模未利用地であれば,住宅,業務床を供給し,道路等の公共施設を整備することは都市機能の改善と言いうるかもしれない。しかし本件再開発地区は多くの部分が公園として「都市機能の更新」が予定されていた地域である。

「土地の高度利用」と同様,それのみで公共的利益に貢献するものと即断してはならない。

キ 水と緑の豊かな自然環境と調和

本件事業地が水と緑の豊かな自然環境に恵まれた地域であることは,本件事業者とも認識は一致しているようである。しかしこのような優れた自然環境は風致地区,容積率規制などの規制を遵守しながら,地域住民が守ってきたものであるとの認識は欠けているようである。

昭和8年,旧都市計画法により,本件地域周辺は風致地区に指定された。風致地区とは,自然的要素に富んだ良好な景観を形成しており,都市の土地利用計画上,また都市環境の保全を図るため,風致の維持を図ることが必要な地区とされる。

この地域は国分寺崖線の緑と,多摩川の水の流れが美しく,豊かな自然と,景観,眺望に恵まれた地域であり,大正から昭和初期にかけて,政財界人の別荘が多数建設された。風致地区の指定は,本件地域周辺の地域特性に合致し,その優れた特長を長年にわたって守ろうとするものである。

これは後に決定された公園の都市計画と合わせて,この地域の美しい景観,眺望をまもり,優れた地域環境を維持していくことを目的とし,土地利用の歴史や規制の公平性に沿った合理的な計画であった。

このような風致地区の中に突如,超高層建築物が林立する光景は異様という他なく,景観破壊,日照被害,風害,交通混雑,大気汚染などといった環境への悪影響を生み出す本件事業が,自然環境と調和したものなどということが出来ないことは明らかである。

原判決は「対象土地の一部が風致地区に指定されていることは,土地利用規制の緩和に当たって考慮すべき事項であるとはいえ,直ちに制度の趣旨に反するとまではいえない。」(40頁)としているが,このような地域の状況に即した合理的な都市計画の存在を無視して100mを超える超高層建物の林立を認めることが,「合理的で健全な高度利用」を目的とする制度の趣旨に反することは明らかである。

なお本件再開発事業は「優れた自然や歴史にかかわる」ものであるにもかかわらず,「自然的,歴史的条件」について,影響予測を行った形跡はない。この点からも極めて問題のあるプロジェクトと言うべきである(甲118・71頁,本項(1)ウ1)参照)。

(7) 二号施設について

ア 原判決は「2号施設の整備に要する開発主体の負担に見合う分に限り容積率制限の緩和をすることが出来ると規定されているわけではない」として,本件再開発地区計画における二号施設が極めて貧弱であり,本件の大幅な容積率緩和を正当化しうるものではないとの控訴人らの主張を排斥している。

「手引き」によると,「容積率制限の緩和に当たっては,具体の建築計画,周囲の状況,協定が締結されている場合は協定の内容,公共施設(例として二号施設及び地区施設)の整備状況を見定めつつ,総合的な判断に基づいて行う」とされているが,「この認定の際,公共施設の整備状況が重要な判断材料になる」(52〜53頁)としている。

そして「優良な都市環境に対する貢献」の程度が容積率緩和の妥当性の評価ポイントにされていること(同74頁)をみれば,これまで繰り返し述べてきたとおり,二号施設をはじめとする公共施設が整備充実された,地域社会に対する貢献が著しい優良なプロジェクトについては容積率の大幅な緩和が正当化され,逆にかような貢献ポイントのないプロジェクトに大幅な緩和をすることは制度の目的からして不適切であり,違法なものと評価されるべきである。

イ 本件の二号施設は以下の通りであり(甲163),これらの配置等は甲(甲164−2)に示されている。

広場1号 約700u

広場2号 約3,000u

広場3号 約700u

歩行者通路1号 12m×220m

歩行者通路2号 12m×160m

歩行者ブリッジ1号 20m×16m

歩行者ブリッジ2号 12m×16m

広場1号は二子玉川駅西口前の広場であるが,ここには再開発事業以前から広場状の空地があり,また駅に付属する施設としてこれを整備すべきは当然であって,ことさら地域社会に貢献するものということはできない。

広場2号は東口駅前から交通広場をつなぐもので,その殆どはガレリアとして商業施設に組み込まれている。

広場3号は,形の上では地域住民に開かれたものとなるようであるが,現実には地域から隔絶された人工地盤上に作られるものであり,地域への貢献は殆ど認めがたい。

歩行者通路1号,2号は駅前から公園をつなぐ通路であるが,その利用者の大部分は再開発マンションの居住者や再開発ビルの利用者となることが想定され,地域への貢献は大きいものではない。

歩行者ブリッジ1号,2号はいずれも本件再開発事業の大部分が人工地盤とされるために必要となったもので,上記歩行者通路と同様,当然に開発主体体が負担すべきものであり,地域への貢献と評価しうるものではない。

本件再開発事業における公共施設の整備が極めて低い水準のものであることは既に詳しく述べたところである(本項(2),(6)イなど参照)が,このように本件の「二項施設」を見ても大幅な容積率緩和を正当化するようなものとはなり得ないことが明らかである。

(8) 原判決批判

ア 原判決は,道路,公園,駅前広場などの公共施設の整備,市民の交流やにぎわいを生み出す広場などの内容は具備しており,上記「手引き」における「優良な都市環境の形成等に対する貢献」の判定要素が極めて不十分とはいえない旨判示している(43頁)ので,最後にこの点についても触れておく。

イ 原判決が具備しているとする公共施設としての道路,公園とは以下のようなものである(甲53・11頁)。

@幹線街路・・放射4号線(玉川通り)拡幅,補助49号線(駒沢通り)新設,補助125号線(多摩堤通り)新設,補助329号線新設,交通広場(5800u)

A区画街路・・4本を拡幅ないし新設

B公園・緑地・・二子玉川公園(約520u),街区公園(約2000u)

上記幹線街路の整備は,地域要求とは無関係に,もっぱら本件再開発事業によって発生する交通需要に対応した最低限のものに過ぎないことはすでに述べたとおりである。これらはそもそも本件再開発事業がなければ必要がなかったものであり,優良な都市環境に貢献するようなものとはいえない。

また区画街路はもっぱら街区内の居住者等の使用に供されるものであって,地域社会の利益に貢献するようなものではない。

公園についても,これは前述したとおり,地区公園,街区公園が各1箇所作られるのみであり,その面積は約45,000uの建築敷地面積に対しわずか2500u程度とその面積比はわずか5.5%と極めて狭小なものであり,しかもいずれも人工地盤の上に植栽するもので,地上の公園のように緑豊かな充実したものとなることは期待し得ないであろう(甲159)。

ウ また原判決のいう「駅前広場」とは何を指すのか不明確であるが,前述した二号施設としての広場1号,2号を指すとすれば,これが公共的利益に大きく貢献するようなものではないことは前述したとおりである。

また原判決は「交通広場」を指しているとも考えられるが,これは前述したとおり従来二子玉川駅前にあったバス,タクシー乗り場が廃止され,改札口から約150メートル離れた場所に設置されるものであり(そもそも「駅前」広場とはいえない),そのためバス,タクシー,自家用車等を利用した住民が,駅の改札口に行くためにも,また電車を利用した乗客が,バス,タクシー等を利用するためにも,商業施設ガレリアの中を約150
メートルも歩かなくてはならないこととなっている。このような設計は,商業施設内を通行させることで購買意欲を刺激し,買物をさせるためのもので,露骨な商業主義という他はなく,高齢者,乳幼児連れ,病人,障害者や,日常の通勤,通学で利用する多くの住民にとっては不便になるばかりで,到底「良好な都市環境」に貢献するものとはいいえない。

さらには原判決のいうような「市民の交流やにぎわいを生み出す広場」などはどこにもない。広場としては人工地盤によって隔絶された公園,広場がある他は「交通広場」があるのみであり,これは明らかに交通のターミナルとしての機能が主眼とされており,「市民の交流やにぎわい」をもたらすような設計とはなっていない。

本件再開発事業は「優良な都市環境の形成等に対する貢献」が極めて乏しい事業であることは明らかである。 

(9) 都市計画法7条の8の2違反は明らか

@ 第7条の8の2,1項本文違反

以上の通り,本件再開発事業は,公共的利益への貢献と評価されるような内容は殆ど認められず,大幅な規制緩和による事業者の利益をもっぱら追求するために計画されたものと解する他はない。従って,第7条の8の2,1項本文の「その(土地の)合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新をはかるため,・・都市計画に再開発地区計画を定めることができる。」との規定に違反して,このような公共的な利益を図ること以外の目的をもって再開発地区計画を定めたものであり,違法である。

A 第7条の8の2,5項1号違反

本件再開発事業は,第7条の8の2,5項1号の,二号施設等は「当該区域及びその周辺において定められている他の都市計画と併せて効果的な配置及び規模の公共施設を備えた良好な都市環境を形成するよう,必要な位置に適切な規模で定めること」との規定に違反して,良好な都市環境の形成に寄与するような公共施設の整備がないにもかかわらず,容積率など大幅な規制緩和を内容とする都市計画が定められたものであり,違法である。

B 第7条の8の2,5項2号違反

本件再開発事業は,第7条の8の2,5項2号の,「建築物その他の工作物に関する事項は,・・(それら)が当該区域にふさわしい用途,容積,高さ,配列等を備えた適正かつ合理的な土地の利用形態となるように定めること」との規定に違反し,徒に超高層,高容積の建造物を林立させ,また非営利的・公共的用途のない,商業施設,業務施設,高級住宅などの用途のみに偏った建造物を内容とするものであり,およそ適正かつ合理的な土地利用が実現されるものではなく,違法である。

6 争点5の(5) 都市再開発法4条2項違反

(1) 都市計画への整合性(1号)

原判決は本件公園変更決定が違法とはいえないことを理由に,本件事業が公園の都市計画に適合しないものとの控訴人らの主張を排斥している。しかし本件公園変更決定が違法無効なものであることは既に述べたとおりである。

(2) 公共施設整備(2号)

ア 原判決は,本件再開発事業における公共施設は道路と交通広場,小公園のみであり,また図書館,小中学校,児童館,災害避難場所などは設けられず,「適正な配置及び規模の道路,公園,その他の公共施設を備えた良好な都市環境のものとなるよう定める同項2号に違反するとの控訴人らの主張に対し,同項2号は,1号との対比から,都市の必要な骨格的施設として都市計画に都市施設として定めるべきものとまではいえないが,施行地区には必要とされる公共施設についての規定であるとして,控訴人らの主張を排斥している。

しかし,既存の都市計画にはなくても,本件のような超大型事業の施行により良好な都市環境を維持するために必要となる公共施設は多数生じる。同項2号はこのようなものをも含めて整備すべきことを定めたと解すべきで,判示のように限定的に解すべきではない。

特に本件で適用された都市再開発地区制度においては,「土地利用転換に当たって基本となる.要な都市基盤施設」についても都市計画に定めるのではなく「二号施設」として定めるべきこととされているのであり,原判決の解釈によると,このような公共施設は都市計画に定められていないため同項1号の対象にもならず,また2号の対象にもならないこととなって不合理きわまりないこととなる。

すなわち「手引き」(甲118)によれば,都市再開発地区においては,建築物等の整備と,都市基盤施設の整備とを連動して行うべきこととなるが,その手法については独特の工夫が凝らされていることが指摘されている。すなわち,「土地利用転換に当たって基本となる.要な都市基盤施設」については,都市計画において然るべき定めを置いて整備すること(これが従来からの原則であろう)も考えられるが,地区計画制度においては,むしろ「誘導型の計画にふさわしい位置づけと担保力を備えた性格のものとして定めることがふさわしい」との考え方から二号施設という計画内容が創設されたものとされている(31頁)。

そこで二号施設とは「道路及び公園,緑道,広場,その他の公共空地で土地利用転換に当たって基本となるもの」とされ,「都市計画施設としての水準,性格を有するが,土地利用転換の誘導の段階にあって,・・予め配置及び規模を決めておくもの」も含まれることが明記されている(32頁)。

すなわち二号施設は「基本となる主要な都市基盤施設」について,都市計画に定めるのではなく,誘導型の計画制度としての再開発地区計画制度の性格に,より適合した手法により整備を進めていくものとして定められたのである。

イ このように考えれば,同条第1号は既存の都市計画施設との適合性を必要条件とするものであるが,同第2号はそれのみならず,土地利用転換によって良好な都市環境を実現するために必要となった公共施設を適切に整備すべきことを求めるものと解釈すべきである。これを1号との対比で都市計画施設としての水準,性格に達しないものについての規定であると解釈するする原判決は明らかに誤ったものである。

控訴人らが主張する交通広場,二子橋(拡幅),図書館,小中学校,児童館,災害避難場所などの公共施設の整備は,原判決がいうとおり,本来都市計画において定められるべき内容であるかもしれない。しかしこれらはいずれも土地利用の転換に伴って必要となる公共施設であり,本来「二号施設」によって整備されるべきものである。

本件再開発計画は,このような必要な都市施設の整備を行うことなく大幅な容積率緩和など開発者の利益にのみを一方的に偏重し,結果として都市環境の大幅な悪化をもたらすものであり,この点からも都市計画法7条の8の2のみならず,都市再開発法4条2項1号にも違反することが明らかである。

(3) 洪水の危険

ア 控訴人らの原審での主張

@本件再開発事業は都市再開発法4条2項2号に違反する

本件再開発事業は周辺地域の洪水被害の危険をいっそう高め,周辺住民の住環境を著しく侵害するものであり,都市再開発法4条2項2号(「当該区域が・・・良好な都市環境のものとなるように定めること」)に違反する。

すなわち,近年,限られた地域に時間50ミリ以上の降水量をもたらす局所的集中豪雨(いわゆるゲリラ豪雨)が全国で甚大な被害をもたらしており,都内においても環八豪雨などと呼ばれる局地的集中豪雨による被害が,増加の一途をたどっている。

これに対し,東京都では平成18年5月学識経験者などからなる東京都豪雨対策検討委員会を設置し,前述の「東京都豪雨対策基本指針」(甲127)を作成するなどしてその対策を強化している。また,世田谷区も,世田谷区災害対策条例(甲128)を制定し,「区民の生命,身体及び財産を災害から保護し,・・もって災害に強い『安全・安心のまち世田谷』を築くこと」(同条例第1条)を目的として掲げ,同条例9条で「区長は,台風,集中豪雨等による浸水等の被害を未然に防ぎ,又は被害を最小限にとどめるため,水防に関する体制を確立し,その対策を講じなければならない。」として集中豪雨等の水害対策を強化することを謳っている。

ところが,本件再開発事業は,洪水多発地帯である本件再開発事業地周辺地域に高さ6〜7メートル以上の広大な人工地盤,巨大な地下建造物を建設するもので,この事業が遂行されれば事業地周辺地域の都市型水害の被害のさらなる拡大を招き,周辺住民の生命・身体・財産に甚大な被害が生じさせるものであり,都市再開発法4条違反2項2号に反する事業であることは明らかである。

A 本件再開発事業地周辺地域の特性と再開発事業による洪水被害の拡大

本件再開発事業地域は,「武蔵野台地の南西端に連なる比高約30mの急崖(国分寺崖線)の下に連なって,多摩川に接する帯状の低地」である(甲116)。多摩川の堤防に沿って,改修前の堆積物である自然堤防が残っており,この一帯はかつての後背湿地であった。したがって,排水設備が完備していなければこの一帯は常に水がたまって湿地化しても不思議ではない地域なのである。本来この湿地の排水を担っていたはずの丸子川は,人為的に流路が崖線側に寄せられたため,現在は本来の流路からは標高にして約3m程高い位置にある。このため,丸子川が氾濫すればこの一帯に水を流し込むが,溜まった水を排除する機能は低い(甲116)。この点について,坂巻証人は,証人調書(甲120)3頁以下において,本件再開発事業地周辺地域の地形について詳細に証言し,さらに次のように述べ,上記事実を裏付けている。

丸子川は用水路ということだったんですけれども,このような川に,このすり鉢状の低いところにたまった水を排水する機能というのはあるのでしょうか。

当然水は下から上には流れませんので,そういう意味ではスープ皿のような地形のところにたまった水を排水する機能は,丸子川にはありません(坂巻証人調書6頁)。

また,この地域は,環八豪雨と呼ばれる局所的集中豪雨の多い地域である。環八豪雨とは,都内の区部西部付近でみられる局所的集中豪雨の別称で,都内で頻発する局所的集中豪雨が「環八雲」と呼ばれる環状8号線の上空に現れる積雲からもたらされ,環六通り〜環八通りなどの区部西部付近に集中する傾向がある(甲127「東京都豪雨対策基本指針」)ことから名付けられたものである。本件再開発事業地周辺地域は,環状8号線の南西に位置し,都内でも局所的集中豪雨の多発する地帯である。そして,今後も進むであろう地球温暖化,本件再開発事業を含め都内各所で行われている高層ビルの建築によるヒートアイランド現象により,さらなる局所的集中豪雨の頻発が懸念されている。

以上のように,本件再開発事業地周辺地域は,都内でも特に局所的集中豪雨の多い地域であり,地形的にも水害が発生しやすい多い地域である。実際にも,この一帯は歴史的に水害多発地帯であり(甲129,130),また,将来的にも世田谷区内で最も重大な浸水被害の発生が懸念されている地域である(「世田谷区ハザードマップ」甲131)。「東京都豪雨対策基本指針」甲127)の2頁図1−1「都内における時間50ミリ以上の豪雨の数」や同4頁図1−5「水害発生降雨の発生原因別降雨回数の変化」によると,局所的集中豪雨は,平成の初め頃ころには年間延べ十数箇所で観測されるのみであった時間降雨量50ミリを越える降雨が,平成17年には延べ66箇所で観測されるなど,その回数年々増加しており,今後も地球温暖化やヒートアイランド現象により局所的集中豪雨が頻発するおそれがあることから,丸子川流域の水害被害の増加が懸念されている。坂巻証人も,世田谷区ハザードマップをもとに,本件再開発事業地周辺地域の水害の危険性を次のように指摘している。

この地図を見ても分かるように,世田谷区全体を見ても,浸水の危険性が一番高い地域といことが言えますよね。

そうですね,特にこの色の一番濃い,水の深さ2メートル以上と書いてありますね,そのエリアは,この再開発地域と,それからもう1つは区の東側,目黒側流域ですね,そこと2か所に集中してますので,そういうようなことから見ると,この地域の危険度の高さは相当なものだということが言えます(坂巻証人調書3頁)。

そしてさらに,丸子川の水が溢れた場合の被害について,多摩川が決壊した場合と比較して次のように指摘している。

丸子川の水が溢れて被害が発生した場合と,多摩川が決壊した場合とで,被害にどのような特徴があるのでしょうか。

まず多摩川のほうから申し上げますと,多摩川は御存じのように山梨県に源流がありまして,非常に流域面積も,それから水量も多い川です。で,流域面積が広いということは,台風とか,それから梅雨前線,そういうような連続した強い雨が降ってきたときには,徐々に水かさが増して洪水になるわけですけれども,それは現実に家屋が被害を受ける前に,いろいろな予報機能が作動して,もうじき洪水が起こりそうだということは住民に知らされます。それと同時に,例えば水防団の招集ですとか,お年寄りの避難ですとか,いろいろな対策を取る時間的な余裕があります。で,現実にはそういうような被害想定でもって行動を起こしても,実際に被害が起こるというケースはそれほど多くありまん。・・・・。それに比べて,今申し上げたゲリラ豪雨による丸子川の氾濫というのは事例数も多いし,水量全体としては多摩川の洪水に及びませんけれども,局地的な災害という点ではそれに勝るとも劣らない被害が出ているということで,しかもそれが事前の予知が非常に難しくて,言わば不意打ちでもって襲ってくるという水害なもんですから,これに対しての警戒は非常に難しいと。そういう意味から,特にこの解析では丸子川に視野を置いて作業してみたわけです。(坂巻証人調書9〜10頁)。

このように局所的集中豪雨が多く,水害被害が多発する本件再開発地域に,約6〜7メートルの高さの人工地盤及び巨大な地下建造物を建設するというのが本件再開発事業である(甲132〜135,甲136の1〜139の2)。このような人工地盤,地下建造物の建設は,下記に述べるように本件再開発事業地周辺の水害被害を更に拡大させ,周辺住民の生命,身体及び財産に対する損害を拡大させる違法な事業に他ならない。

すなわち,人工地盤(甲132〜135)の建設は,天然の「遊水池」となっていた本件再開発事業地域の貯水容量を大幅にカットしてしまうものである。本件再開発地域の貯水容量がカットされれば,残りの土地の浸水水位が以前よりも著しく上昇することは明らかで,本件再開発事業地周辺の住民は,これまで以上に浸水被害の危険にさらされることになる。特に,本件再開発地域は,前述したように多摩川及び丸子川に囲まれた細長い帯状低地であり,本件再開発地域より高い位置を流れる丸子川の排水機能を期待することはできないことから,本件再開発事業地域に行き場を失った水が滞留して,浸水被害がさらに拡大するおそれがあるのである。

この点について,意見書(甲116)で,科学的に本件再開発事業により洪水被害がどの程度増加するかという試算を行い,その結果について,次のように証言している。

その結果,どのような結果になりましたでしょうか。

そこに書いてありますように,当初2メーターということでもって水位を積算したのが,5ページの上から5行目ですが,想定水深2.48メーターとなると。約50センチくらいは周辺の水位が上がるであろうというのが,まあ結果だけ申し上げますけれども,それがこの試算の結果出てきた数字です(坂巻証人調書12頁)。

そして,上記推算結果をもとに,本件再開発事業による洪水被害拡大で周辺住民が被る被害について次のように指摘している。

周辺住民の方々が,この再開発による水害被害の増加を心配されていますが,実際に先生が推算をされてみて,どのようにお考えになりますか,この点について、私がした推算というのは,・・・・・。(中略)。で,その量が今の仮定を置いた計算では約50センチ近くになるだろうということなんですが,水害の被害の中でもって50センチ上か下かというのは,例えば何もなければ床下浸水で収まった被害が,再開発区域に水が入らないことによって,床上浸水になるかもしれないというような懸念を当然引き起こすわけですから,住民の方々が御心配になるのは,私は無理はないことだと思っております(坂巻証人調書13〜14頁)。

さらに,本件再開発事業により,本件再開発事業地がコンクリートで覆われ,また,アスファルトで舗装されることにより,雨水の浸透能力は激減する。近年の都市型水害増加の原因として市街化の進展に伴って宅地等の浸透能力の低い土地利用の割合が増えていることが挙げられているが(甲127「東京都豪雨対策基本指針」5頁),本件再開発事業はまさに本件再開発地域の雨水の浸透能力を広範に低下させ,本件再開発地域の浸水被害拡大にさらに拍車をかけるものである。このように,本件再開発事業における人工地盤の建設は,本件再開発事業地域周辺住民の浸水被害を拡大させるものであることは明らかである。

加えて,本件再開発事業は,巨大な地下建造物を建設する計画がある。本件再開発事業の建築計画書(甲136の1〜139の2)によれば,Ta街区(建築面積2442.60u),Ub街区(建築面積2495.00u),V街区(建築面積15600u)は地下1階,1−b街区(建築面積10856.90u)は地下2階の地下建造物を建設する計画がある。このような巨大な地下建造物を建築することは,地下水の流動を阻害し,上流側の地下水位の上昇を招くおそれがある。

これに対して,事業者である二子玉川東地区市街地再開発組合は,水害対策として世田谷区雨水流出抑制施設技術指針に従い雨水排水設備を設置する計画をしている(甲136の1〜139の2)が,この程度の雨水排水設備では,本件再開発事業地域の周辺住民の水害被害の拡大を防ぐには不十分である。すなわち,これまで述べてきたように,近年都内では時間50mm以上の降雨量を記録する局地的集中豪雨が頻発しており,その発生回数は年々増加の一途をたどっている(甲127「東京都豪雨対策基本指針」2頁)。ところが,上記世田谷区雨水流出抑制技術指針は,所要対策量として,公共施設及び大規模民間施設部分においては50mm対応,道路部分においては29mm対応の基準を設定しているにすぎない(甲136の1〜139の2)。実際,本件再開発事業で設置される予定である雨水対策施設は,Ta街区が世田谷区水流出抑制技術指針の上記基準(以下「基準」という。)272.に対し275.,Tb街区が基準943.に対し945.,Ub街区が基準224.に対し230.,V街区が基準1422.に対し1500.と,50mm対応の世田谷区雨水流出抑制技術指針をわずかに上回るものでしかない。このような雨水対策計画では近時の局所的集中豪雨に対処することが不十分であることは明らかであり,上記述べたような人工地盤や巨大地下建造物の建設による水害拡大要因を考慮すれば,本件再開発事業地周辺住民の水害被害の拡大はさけられない。

また,同組合は,「人工地盤は,盛土のような構造ではなく,人工地盤の下は,駐車場等の空間であり,周辺地域全体が水に浸かるような洪水時には,人工地盤の下にも洪水流が流入することになる。」として,人工地盤の構造上水害被害が拡大するおそれはない旨主張している。しかし,V街区の1階部分には,超高層ビルの心臓部とも言うべき自家用電気室,配電盤室等の機械室があり,同組合としても,当然これらの施設を水没させることは想定していないはずである。また,駐車場といっても居住者の大切な財産の保管場所であり,車からの乗降や荷物の出し入れ等で当然居住者が出入りすることが予定されている。また,同組合は,上記のような主張を抽象的にするのみで,どの程度の洪水流が流入し,その結果,周辺住民への被害への影響がないといえるのかといった科学的な根拠を何ら示さない。このように何ら科学的根拠を示さず,また,商品価値として欠陥があることを前提とする同組合の主張は全く信憑性のないものである。さらに,同組合が居住者のための水害対策を怠った結果,自らの財産を守るためにマンション管理組合が必要十分な洪水対策を講ずる可能性は極めて高く,その場合,やはり本件再開発事業地全体が遮水的な構造物となり,周辺の水害被害が増加することは,坂巻証人の証言のとおりである。

このように,本件再開発事業は,本件再開発事業地周辺の水害被害を更に拡大させ,周辺住民の生命,身体及び財産に対する損害を拡大させるものであり,都市再開発法4条2項2号に違反することは明白である。

イ 原判決

以上のように,本件再開発事業が都市再開発法4条2項2号に違反することが明白であるにもかかわらず,原判決は次のような解釈の過ちを犯して,その違法性を否定している。

すなわち,原判決は,同項2号を「都市全体から見て必要な骨格的施設として,・・・と解される。」と限定的に解釈し,その上で,@人工地盤等が同項2号の規律の対象となる公共施設に当たるかどうかは必ずしも明らかでない,A洪水被害については都市全体から見て必要な骨格的施設により対処すべきものであるとして,本件再開発事業が本条項に違反しないと判示しているのである。

ウ 原判決の不当性

しかし,前述したように,同項2号は,既存の都市計画にはなくても,本件のような超大規模な事業の施行により良好な都市環境を維持するために必要となる公共施設をも含めて整備すべきことを定めたと解すべきで,原判決のように限定的に解すべきではなく,積極的に良好な都市環境を実現すべく適切な公共施設の整備をなすべきことを定めるものと解釈すべきである。これを1号との対比で都市計画施設としての水準,性格に達しないものについての規定であると解釈するする原判決は明らかに誤ったものというほかない。 人工地盤は,災害避難場所としての機能・歩行者通路としての機能を有しており,公共施設としての性質を有するものであり,同項2号の公共施設に該当するというべきである。

また,洪水問題が,都市全体から見て必要な骨格的施設による対処が必要な問題であることは否定しないが,本件再開発事業の問題性は,本件再開発事業が洪水問題を改善するものではないこと以上に,本件再開発事業が周辺地域の洪水被害の危険をいっそう高め,周辺住民の住環境を著しく侵害するものであるという点である。原判決はこの点を全く見誤っており,違法としか言いようがない。

本来再開開発事業においては,同項2項により良好な都市環境(すなわち洪水問題の解決)を実現すべく適切な公共施設の整備をなすべきことが求められているのであるが,本件再開発事業は良好な都市環境を実現するという本条項を全く無視するどころか,さらに都市環境を悪化させるものなのである。

以上より,都市再開発法4条2項2号に違反することが明白であるにもかかわらず,上述のような解釈によりその違法性を否定した原判決には解釈の誤りがあり,違法と言うべきである。

7 争点5の(6) 都市再開発法3条違反

原判決は,「通常は土地の利用が細分されていないことが予想される工場跡地等について再開発地区計画を定めて市街地再開発事業を行うことが出来るとされていたことにも照らすと,土地の利用が細分されていないからと言って,直ちに,同条3号の要件が満たされ」ないこととなると解することは出来ないとしている(45頁)。

しかし昭和63年に創設された再開発地区計画制度は,前述したとおり,工場跡地等のまとまった空閑地を当時の民間活力を活かして再開発していこうとするもの(「手引き」甲118・8頁)で,本来,権利関係,利用関係が細分された既成市街地の再開発を目的とした従来の都市再開発制度に対して,例外的な新制度として定められたものである。

本件では,これまで述べてきたとおり,U,V街区の大部分の土地は東急グループ企業が所有し,T街区は比較的細分された土地所有関係と複雑な利用関係が認められる。本事業はこのように全く様相の異なる2つの区域について,これを無理矢理一体化して再開発しようとするものであり,このような形は本来法が想定していたものではない。

U,V街区の大部分の区域は,東急グループの意思で再開発することが可能であり(都市計画上の規制の問題は別論),それ自体として土地の利用状況が不健全なものということは出来ない。

8 争点5(7) 都市計画法16条、17条違反について

(1) 原判決の認定

原判決はこの点について

「しかしながら、同法16条1項等は、都市計画の決定に先立ち、利害関係のある周辺住民等の意見を反映させる機会等を設けるべきことを定めた手続き規定にすぎないから、それらの手続きが履践されているのであれば、個々の意見が採用されることがなかったとしても、そのことを理由にして同法16条1項に違反することとなるとはいえないことは明らかである。」とのみ判示している。

これは司法が都市計画法の根幹に関わる手続きの重要性を軽視し、行政手続きの形骸的な運用を追認するものであり、誤りである。

(2)法の趣旨目的に沿った解釈

手続き法規とはいえ、違法か否かを判断する場合には、法律の趣旨から見て、いかなる目的のための手続き規定かの観点から厳正に判断すべきである。前述したように、巨大再開発による開発企業の利潤独占が住民の環境破壊を招くという利害対立構造にあること、行政がその利害調整をしつつ、住民の福祉を実現する義務を果たすために取るべき手続きを定めたのが、都市計画法16条、17条であることを鑑みれば、この条文が定める手続きは、都市計画法の最も根幹をなすもので、決して形骸化してはならない重要な手続きである。都市計画法16条は明文上も「都道府県または市町村は、中略 都市計画の案を作成する場合において必要があると認めるときは、公聴会の開催等住民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。」と定めてある。行政は住民の意見について、具体的な都市計画内容に反映させるためにこの手続きを取るのであるから、できる限り、住民の意見を計画内容に採用すべきであるし、住民の意見を採用しないのであれば、そのことについて少なくとも住民が納得できるような合理的な説明がなければならない。

(3) 住民の意見を反映させるために必要な措置をとったとは言えない。

本件事業の場合、甲92号証の公聴会議事録、甲93号証の平成12年の計画縦覧についての反対意見には、本件訴訟で控訴人らが主張している数々の権利侵害や、住環境の悪化問題、公金支出の違法、不当性についての指摘がなされている。これに対し、行政はなんらの合理的説明もなしえていないし、利害調整のために計画内容にその意見を反映する努力をしていない。

このような実態で行われた手続きは、形式的には「公聴会」であっても、16条の定める「住民の意見を反映させるために必要な措置」を講じたということはできない。同じく計画縦覧や意見書提出を形式的に行っていても、同法17条に定める手続き規定を遵守したと評価することはできない。

(4) 都市計画における住民参加、住民の意見の反映の重要性

ア 首都大学東京人文科学研究科社会行動学専攻社会学分野教授の玉野和志教授の見解

同教授はその2008年11月26日に作成した意見書(甲115号証)で以下の通り述べている。

玉野教授は、社会学的見地から、自身の多摩田園都市開発における経験や、京浜工業地帯における漁民生活の残存の研究等から、「都市計画やまちづくりは、当該の都市やまちに愛着をもって関わり続ける人々の意思を最大限に尊重しなければ、人と人との結びつきを維持し、社会的な規範を保つことができなくなるような結果をもたらすことになります。」と述べている(3頁下から4行目以下)。そのうえで、玉野教授が世田谷自治問題研究所の一員として、本件再開発事業地域に対して2001年に「世田谷区政白書」を作成するために行った調査結果をもとに、周辺住民に対する十分な情報の周知がなされているとは言えず、これからでも周辺住民との間の話し合いにもとづく計画の変更を検討することが、公共性の達成という意味で強く求められている。」と指摘している。

イ 早稲田大学 芸術学校教授 卯月盛夫教授の見解

@ 卯月盛夫教授は、本件再開発事業のU−a街区部分(二子玉川東第二地区市街地再開発事業)(甲158)についての本年5月13日に、東京都に都市再開発法第16条の事業計画閲覧に対する住民の意見書提出、口頭陳述の手続きの際、補佐人として1時間にわたり、専門家としての観点から意見を延べた。その際利用した、卯月教授作成の住民提案の資料が甲160号証、その意見内容を東京都が記録したものを、住民の情報公開に対して開示したものが、甲159号証、ここで東京都が黒塗りした部分を録音に沿って起こした報告書が甲161ー1号証、卯月教授の経歴等を示す資料が甲161−2、3である。

卯月教授は、世田谷区民であると同時に、10年間世田谷区企画部都市デザイン室 主任研究員を努め、その後3年間財団法人世田谷区都市整備公社まちづくりセンター所長を務めた経歴があり、行政内部から、世田谷区まちづくり条例の成立に尽力した経歴を有する。その他にも、国土交通省「まちづくり計画策定担い手支援検討委員会」委員長等をはじめ、数々の地方公共団体においても、まちづくり推進委員会や都市計画審議会で「委員長」等の重要な役割を担ってきた豊富な経験を有しおり、行政がまちづくりや都市計画においてはたすべき役割について豊富な経験と専門的な知見を持つ第1人者である。(甲161−2.3)。

A 周辺住民との対案作成

控訴人らを含む世田谷区玉川1丁目、2丁目の住民は本件再開発事業の工事の竣工による権利被害の現実化、予想を超える被害の広がりに苦しみ、2−a街区にも超高層ビルや建ぺい率80%の人工地盤建築物が建設されることによって、さらなる権利侵害が深刻化することが明らかであったため、これを避けるために、卯月盛夫教授に相談した。卯月教授は、これを受け、現地を検証して、その必要性を認識し、早稲田大学卯月盛夫研究室として、複数の専門研究員でチームを組み、2009年夏以来、現地において、3度にわたるワークショップを開催した。そこで参加したのべ150名以上の住民から、詳細な住民の不安や要望を聞き取り、それをもとに、具体的な住民提案を作成し、模型等も作成した。

B 住民参加の必要性と可能性

1970年代から特に欧米諸国の先進国では、行政主体の再開発、事業者中心では問題があるということで代替案の作成と言うことがその後の地域にとって極めて重要であるということで、行政は制度を変えつつある。ドイツ建設法典は1986年に改正され第3条に「住民は、事前にできるだけ早い時期において、計画の一般的な目的、地域の再開発又は開発に関する実質的に異なった解決策及び計画で予想される効果に関する実質的に異なった解決策および計画で予想される効果に関する公的な報告を受けることができる。」と定められている。(甲159号証2頁)ある1案だけ持ってどれだけ優れているかと言われても、なかなか解らないので、実現可能な複数の案があって初めてこの案は、とても環境に優しいとか、この案はとてもコストがかからないと、評価軸を通じて学習し、住民としての意見を確定することができるということで、この複数案の比較ということが極めて重要である。(甲159号証4頁〜5頁)。

日本における現行法の中でも、「東京都のお立場で 中略 日本でも条例の中に住民のまちづくり提案権を認めてきているような大きな流れと、欧米での1970年以降の大きな流れを勘案すれば二子玉川地区で、もう少し、時間をかけて三者の協議の場を設定するということは、それほどおかしなそれほど難しいことではないのかなと私は思っています。」(甲159号証12頁)と述べている。

C 事業計画の問題点と住民代替案のポイント

さらに卯月教授は、Ua街区の事業計画の問題点を指摘しているが、人工地盤で敷地全体を覆う超高層ビルの建築については「建ぺい率80%の超高層ビルの計画なんて私は聞いたことがありません。」として、これは、地上を人間に開放するために高層ビルを認めようと言う近代建築家コルビジェの言葉も無視していると指摘している。また、住民の代替案を考える場合に、事業者作成の事業計画の問題点として、「高さ」「ボリューム」「商業業務施設が多く芸術文化施設や福祉保健施設が極めて.ない。」「足下の緑が建ぺい率80%の人工地盤能重の人工的な緑であること」「雨水浸透の問題である。」と指摘している。(甲159号証13頁から17頁)。

これらのポイントは、本件再開発事業(1期事業)都市計画決定手続きにおいて、都市計画法16条の公聴会で出された反対意見や、都市計画法17条で提出された反対意見書の内容、公共性がないことの理由として指摘している問題点と合致しており、これらの点について、行政は住民意見と事業内容との調整をするのが行政の役割である。

ウ 埼玉大学経済学部、工学博士岩見良太郎教授の見解 @ 甲107号証の岩見良太郎教授も、まちづくりにおける住民参加の重要性を強調している(46頁)。公共性の公準として5つの公準を定めた柱の1つとして「住民参加」を掲げている。

住民参加の意義として第1に「多様な欲求にもとづくまちづくり 」をあげ、限られた空間でそれらの欲求を全て実現することは困難である。それ故、それらの欲求間に調整を施し、あるいは自らの欲求の実現が、地域のよりすぐれた環境形成に矛盾しないかどうかを自省し、より高次のそれに高めていく必要があろう。それを保証する場が参加なのである。」と指摘している。さらに第2に「持続的まちづくりに向けての主体形成」をあげ、「まちづくりは一過性のものではなく、創られた施設が有効に機能するには、管理や利用に関わる、様々な日常的なまちづくりが後続していかなければならない。参加はこうした.体をはぐくむ、不可欠の、また絶好のチャンスなのである。」と述べている。

A 岩見教授は、この観点から都市計画法、16条、17条は単に形式的に意見表明のチャンスが与えられただけでは、適法とは言えず、同意見書(甲107号47頁〜48頁)で指摘するように、控訴人保坂芳男の速記録を引用して、本件の17条説明会の様子から、「公共性を標榜し得るのか極めて疑わしい。」として、さらに、その行政のこれらの法律の運用に関し、「そして、こうした住民のまちづくりへの関心・エネルギーの高まりを、事業遂行の妨害物であるかのように押さえ込み、よりすぐれた待つづくりの方向に誘導し、生かして行く努力をしなかった行政の責任は極めて重い。」と指摘している。

(5) まとめ

以上の通り、都市計画における住民参加の重要性は、都市計画制度の制度の骨格をなすものであって、決して軽視してはならない。原判決は、司法の役割を放棄し、行政の都市計画法16条、17条の形骸的運用を、無責任に追認するもので法律の解釈を明らかに誤るものであり、法令適用の誤りがある。

第7 争点6 都市再開発法17条違反

1 原審での争点

都市再開発法第17条は再開発に関する組合設立認可事業認可の要件について不許可とすべき事実を定めており、控訴人らは3項、4項に違反すると主張した。そもそも既に詳述したとおり、本件再開発事業は再開発の開発要求はあるが、客観的な再開発の必要性はなく、いずれも、開発要求に応じる形で行政が事後的に「開発の必要性」を偽造してきた点で、形式的に都市計画決定がなされていたとしても、「再開発事業の都市計画適合性を欠く」というべきであり、3項に該当する。

さらに、準備組合が昨今の社会経済情勢の変化を理由にいったんはUa街区の事業の中止を決定したことから、4項の事業遂行能力に問題がある点を指摘した。その後2009年秋のリーマンショックを機に、社会の経済情勢は益々悪化しており、バブル崩壊前に計画された本件再開発事業はまさに「その後の諸情勢の変化」によって、時代の趨勢にそぐわない内容になっている。

判決がいかなる判断を下しても、時の流れにより、事業遂行能力の判断の適否は当然に明らかになる。仮に本件再開発事業が破綻するような事態が生じた場合には、行政は自らの誤りを認め、その破綻の尻ぬぐいのために、これ以上の住民の貴重な血税を注ぎ込むべきではない。

2 新たな主張

都市再開発法17条の判断の前提として都市再開発法16条違反がある。

東京都知事が、この手続きで出された意見書を採用し、本件再開発事業に対して適正な修正命令を出さずに事業計画、設立認可を下したことは違法である。

(1)都市再開発法17条の平成11年法改正の経緯と法の趣旨について

平成11年改正前までは、都市再開発法第17条の事業認可、設立認可にあたっては、行政の自由裁量が認められていた(甲165)。

その理由は、再開発事業では、まず従前の建物を除去し、土地を一筆の土地にしてそのうえに施設建築物を建築するという手順になるので、工事の途中で事業が挫折したりすると、土地区画整理事業と違って、現状に回復することが著しく困難であり、とりわけ経済的に回復不可能な損失を被ることから知事の心証が十分に固まってから認可していた。それなりの合理性があった。

しかし、実際は「合意形成基準」である3分の2を遙かに越えた水準の同意率(9割、なるべく全員)を満たさないと認可申請を受け付けないという運用がされていたために、事業推進を望む立場から見ると、かえって一部権利者のゴネ得になっていることもあり、自由裁量から「覊束裁量行為」に改められた。それと同時に、都市再開発法第16条が定める事業計画縦覧に対する意見書による知事の修正命令については「修正命令に従っていることを担保する規定がなく、自由裁量の判断の範囲内で行われていたので、これを認可基準の中に、明確に「事業計画修正命令に対する違反がないこと」を追加したうえで、「認可することができる。」から「認可しなければならない。」に改正された。(甲165号証、逐条解説、都市再開発法解説194頁から196頁)

ある意味、事業遂行者にとっては、合意形成基準が低くても組合の強制設立が可能になり、事業の推進がたやすくなったのである。

しかし、これと同時に都市再開発法17条の事業認可基準に、同16条の事業計画修正命令に違反がないことが要件に加わったことを決して軽視してはならない。

(2) 都市計画法16条が意見書採択の審査基準

都市計画法16条は、意見書の採択の審査にあたり、行政不服審査法の手続きを準用するように定めている趣旨からみて、意見書採択に際しては、「意見陳述者の権利利益の救済を図るべき必要性があるか否か」を保全の必要性の最大の審査基準として運用されると考えるべきである。

本件再開発事業に関して、16条の計画縦覧に対しては141名の意見書が提出され、うち95名が口頭陳述を希望した。(甲166号証)

その意見内容は、甲166号証が要約したところによると、「(1)事業の成立性に問題がある。(2)地区内に公共、公益的施設を建設すべきである。(3)第2街区の計画が未定なのは、事業計画として欠落している。(4)補助金を投入すべきでない。(5)事業のスケジュールを見直すべきである。(6)施設建築物に問題がある。」との意見が述べられた。しかしながら、東京都は審査結果として、「4 審査結果」にあるようにいずれも、周辺住民の権利保護の視点を欠落して形式的に審査した。その結果いずれも形式的な判断にとどめ、いずれも「事業計画に修正をくわえるまでには至らないので、不採択とする。」として修正を加えなかった。特に「(6)施設建築物に問題がある。」との指摘についての審査結果は「本地区は、都市計画により土地の高度利用を図るべき地区である。
建築物や公共施設に着いては、実施設計を行う段階で、より詳しく検討し、安全性、快適性などを確保するように具体化していく。」と述べている。超高層ビルが景観や眺望を侵害したり、圧迫感が耐え難い建物であったり、人工地盤によって、洪水被害が大きくなるなどの問題点はまさに、施設建築物の事業計画内容に「修正命令」を出して、計画内容を修正させなければ、実施設計段階で「安全性、快適性などを確保することなど不可能である。」このように周辺住民の権利の保全の観点から、修正命令を全く出さないまま、都市計画法17条に定める不許可事由がないとして都市再開発法11条の事業認可を出したことは、都市再開発法16条17条に違反するものである。

(3) 意見書採択手続きにおける住民提案との比較検討

この段階で、この都市再開発法16条の制度を十分に活用することによって、早稲田大学 卯月盛夫教授が提案するような、複数提案について現実的な検討を加えるということは、現行法下でも可能である。

この点は、前述したとおり、卯月教授が、本年5月13日に、二子玉川東第二地区第一種市街地再開発事業に関する都市再開発法16条の口頭意見陳述手続きで述べており、東京都は施設建築物について「実施設計を行う段階で」と先送りすることなく、住民提案との比較検討作業を行い、協議し、必要と認められる部分は設立認可にあたって都市再開発法16条に基づく修正命令を発令すべきであった。

第 8 争点7について

補助金支出行為・公共施設管理者負担金支出行為独自の違法性について

(別表番号1,2,5)

1原審における控訴人らの主張

控訴人らは,原審において@市街地再開発事業補助金(1)支出行為(以下「別表番号1の行為」という。),A市街地再開発事業補助金(2)支出行為(以下「別表番号5の行為」という。),及びB公共施設管理者負担金(1)支出行為(別表番号2)が違法である旨主張してきた。この「違法不当」の判断にあたっては、先行行為も含む当該財務会計行為全体を起立する法令に照らし合わせて判断すべきであるという点は、既に争点3で論述したとおりである。個々では狭い意味での財務会計行為を起立する規範との関係だけを論じる。

2 原判決の不当性

(1)これに対して,原判決は,別表番号1の行為及び別表番号2に関する部分は不適法であるとしてその違法性を判断せず,また,別表番号5の行為については,「その性質上,専門家によって行われる図面作成等を目的とするものであり,また,その成果物に何らの瑕疵がある可能性があったことを伺わせるに足りる事情もない」として控訴人らの主張を退けた。

しかし,争点1で前述したとおり,別表番号1及び2の行為に関する部分を不適法とした原判決は誤りというほかなく,1年という期間をわずか8日間徒過したにすぎない行為で、一連の再開発事業に関する支出として審理の相当部分は重複するのであるから、わざわざ不適法却下として、実質審理を避けるのは、住民の住民訴訟を起こす権利を著しく侵害するもので、許され
ない。この点についての判断を怠った原判決には違法があると言うべきである。

(2)また,別表番号5の行為についても,単に実績報告書のみの記載に基づき,その補助金の対象となる請負契約が、専門家によって行われる図面作成等を目的としているという理由だけで,その成果物に何らの瑕疵がある可能性があったことを伺わせるに足る事情がなければ違法ではないという短絡的な判断を行っている。

補助金支出行為は,控訴人らが原審で主張してきたとおり,補助金支出行為は,「公益上の必要性がある場合」でなければならず(地方自治法232条の2),「その目的を達成するための必要最小限度をこえて,これを支出してはならない」(地方財政法4条1項)のであり,また,「補助金にかかる予算の執行に当たっては,補助金が法令及び予算の定めるところに従って,公正かつ有効に使用されるように努めなければならない」(世田谷区補助金交付規則3条)のである。

また,「前条の補助金の交付申請があったときは,・・・当該申請にかかる補助金の交付が法令及び予算に定めるところに違反しないかどうか,補助金事業等の目的及び内容が適正であるかどうか,…調査し,…決定しなければならない」(同規則6条),「区長は実績報告書の提出を受けた場合は実績報告書の内容審査及び必要性に応じて現地調査を行い,その報告に係わる補助事業の成果が補助金の交付決定の内容及びこれに付した条件に適合することを認めたときは」に補助金額の確定をするなど,その手続的規制に適合して初めてこれが適法とされるべきものなのである。

別表番号5の行為は、控訴人が都市計画法、都市再開発法のそれぞれの違反を縷々主張するとおり、違法な再開発事業に対する違法不当な支出行為であり、そもそも補助金交付要綱に定める「公益上の必要性」が認められない。

加えて、乙51号証の実績報告書には、後日、公正な支出であったか否かを会計監査をする際には当然に必要とされるはずの、請負契約書、見積書、成果物、請求書、領収書、若しくは振込控等のコピーが全く添附されていない。
しかも、実績報告書の作成者は二子玉川東地区再開発理事長川邊義高であるが、その事務の取扱責任者である同組合事務長は、定年時まで、世田谷区の担当部職員であった岡沢氏が退職翌日に就任したもの、つまり天下りである。
この人的癒着関係をもとに、客観的資料も何も添付されない実績報告書をもとに、平成18年3月22日に世田谷区の都市整備部まちづくり推進課の職員が立ち会って検査したとしても、成果物の瑕疵の有無、必要最小限の支出なのかどうか、実際に支払いがなされたのかどうかについて実質的なチェックは全くできないというべきである。

しかも、このような運用では、後日住民監査や、会計検査院の監査を受けた場合にも、第三者の事後的監査は基礎資料が存在しないため、不可能である。かかる高額の公金の支出について、会計に関する基礎資料の添附もないのに、専門家が請け負った仕事だから、「瑕疵がある可能性があったことをうかがわせるにたる事情もない」とすること自体不当である。当初からこのような補助金事業については、補助金支出要綱はあるものの、要綱は実質的には世田谷区の職員の能力では、遵守できない形式的なものであることを想定した等しい運用である。

原判決は,上記のような事実を全く無視し,具体的にどのような資料に基づいて,どのような審査を行ったのか等の実質的な判断を行わず,単に実績報告書の記載のみに基づいて全て追認し、これを「違法不当な公金の支出」と認めず、適法としている。住民監査請求によって、地方自治体の財務会計行為の公正を担保する責任を、司法自らが放棄した誤った判断である。

第9 結論

以上の通り、原判決は、都市計画制度の運用を、行政が大企業の資金的提供を条件に、住民の住環境破壊につながる爆発的な容積率増加を容認して「都内最大の民間再開発事業」として、強行している事実について行政の裁量の範囲内であると認定した。

都市計画基準に定める他の諸計画との矛盾を容認し、再開発要求発生時(S58年)の上位計画になかった「世田谷区広域生活拠点」を事後的に創設して、つぎつぎに容積率緩和率を増大して、東急電鉄等にその開発利益を独占さえた構図は、他に類例を見ない超巨大再開発事業を、風致地区のど真ん中の都市計画公園予定地に出現させるという、都市計画制度の根幹を揺るがす無秩序、無計画の人権侵害事業を可能にし、住民の貴重な血税を投入することを許しているのである。

かかる都市計画行政にはみじんも公共性も認められない。これを乱開発と言わずに何をもって乱開発というかという、典型的な制度濫用事例である。

司法は,毅然として原判決を取消すべきである。今や、地球環境保護の観点から、地域の自然環境の保全は、私たち住民だけでなく地球全体に住む人々にとって、死活問題である。

まちづくりの方向も、自然を破壊して開発を進めるのではなく、高い建物を低くする、高速道路を川にもどす、コンクリートで固めた河川を野原に囲まれた自然豊かな流れにもどすなどの、自然回帰、保護の方向へと大転換している。そしてそのようなまちづくりを担っているのは、まさに、行政が住民と共にその意見を実現するべき努力しているのである。時代の流れに逆行する本件再開発事業の違法性はもはやだれの目にも明らかである。裁判所の勇断を強く望むものである。

以上