ディスカヴァー・アンド・エクスペリメント

全く人生は驚きの連続なのであります。

ボクは学者ではないので、音楽理論に関して興味も無ければ知識もございません。

その理論の多くは“あとづけ”なワケでありまして、便宜上そうなってるだけのことであります。

“ド”の音を『ド』だと認識することは、その方が都合が良いからでありまして、決して自然の摂理ではございません。

“ド”は『ド』でありまして、“ド”が『ミャ』でもなく、また“ド”が『ミョン』であっても良いワケであります。

ただほとんど“通じない”ですが(アハ)

音符や音階、コードや数多くの音楽用語の認識がまだ無かった時代、もちろん“音づて”しか無かったワケでして、勘のいい人とそうじゃない人の間では“ド”であるべき音がそのように伝わらない現象も数多くあったことでしょう。

それが音楽理論が構築されてから随分と確実なものとなり、“音づて”しかなかった時代から比べると『伝達』という意味だけ取っても、圧倒的にスピード化したワケです。

『飛脚』しかなかった時代、それが当たり前の伝達方法だったワケですが、『電話』が発明されて普及すれば、誰ももう『飛脚』は頼まないワケですね。

しかし決して『飛脚』が悪いというワケではなく、“盗聴”の危険性を考えれば『飛脚』の方が都合がいい場合だってこの科学の進歩した時代にあっても確実に存在するワケです(ニヤリ)

決して負け惜しみではなく、音楽理論を知らないからと言って『音楽が出来ない』とか『音楽がわかってない』とか言う人の方が、音楽を知らないんだとボクは思っています。

音楽は楽しむものです。

もちろん、より深く楽しむためには理論を会得した方がいいでしょう。しかし、決して『音符が読めない』ことが音楽を楽しむ上での引け目になってはいけないと思っています。

世の中の多くの人が『カラオケ』に行き、『着うた』をダウンロードし、好きな歌手の『CD』を買ったり、気分がいい時には『鼻歌』を歌ったりするワケでして、そのことに対して『アイツらは理論がわかってないからダメだ』と言う資格なんか、小林亜星先生にも、キダ・タロー先生にも、誰にも無いワケであります(エヘ)

正解とかそうでないとかは人それぞれの“感覚”でしかないからこそ、音楽は誰でも平等に楽しめるワケです。

『結果のわかってる実験』ほどつまらないものは無い…

その昔“計算で導き出せる数値を実験で実証するアルバイト”をしていたことがありまして、いい大人が一日中、計測機器が繋がれた水槽の渦を見てるという、何か修行めいた空気さえも漂っておりましたが(アハ)

で、ボクが得られたのは僅かばかりの日当だけというね(ニヤリ)

ただ、その渦が“計算外の動きをするケース”を発見してしまったとき、ただのつまらない一日から一転、世界を揺るがす“大発見”になっちゃうワケですよ!

そう考えるとエキサイティングなんですが、ま、あるとしても機械の故障とかでしょうけどね?(アハ)

今までの常識を覆すということは、その世界的に当たり前だった数値から“絶対”を剥奪することが出来る唯一の方法なワケですから、これほど『してやったり!』ってことは無いワケであります。

そういう『実験』の連続こそが、paco delic の音楽そのものなのであります♪(キラリ☆)

メンバーの多くが音符を読めなくて、コードがよくわからなくて、スケールとか知らない(アハ)

でも、とても一筋縄ではいかない突飛な感性を持ったメンバーが結集して自分たちしか表現できない音楽を創っていく…もうそれだけでワクワク感は尋常じゃないワケです(エヘ)

これからも“実験”と“発見”を繰り返して paco delic は世界を驚かす『なんじゃもんじゃ』なバンドになっていくことでしょう♪

…ただ世界が認めるかどうかはまた別の話ですけどね?(アハ)


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