電車で席が空いているのに立っているのは

決して吝嗇だからというわけではなく、
「エコでありたい」を信条としているため、電車を利用することが多いのだが、
電車に乗っているとたまに席を譲るという場面にでくわしたりする。

この、電車の中で席を譲る
という行為にはある種の照れというか気恥ずかしさみたいなものがどうしてもつき纏う。

席を譲った瞬間に
「譲った人」と「譲られた人」という関係が形成され、
それはほんのりではあるが周りの人たちも巻き込んで、
降りる際に目礼をして、なんて感じで終わる。
それまで何ともいえない、ふわ~っとした空気が流れている。

だからー、とある人は言う。
席を譲ったあとは速やかにその場を去るのだ、と。
「大丈夫です。次で降りますから」
と言っておいて次の駅でそっと違う車両に移動する。
もしくは譲った時点で他の車両に移動する。
こうすることで自分も相手も「気遣い」から解放され、みなハッピーになるのだ、と。

なるほど、スマートだ。
相手に気を遣わせないってのが親切の理想形なんだよなー。
と思ったところで、席が空いているのに座らず立っている人のことが脳裏に浮かび、ハッとなった。

たとえば、松葉杖をついた人が乗ってきたとして。
その人は車内を見渡し空いている席があったらそこに腰を下ろす。
そのときに最初から立っている人がいる。

そう、そういうことなのだ。

席が空いているにもかかわらず立っていることで、
直接席を譲るわけではなく誰にも分からないように席を譲っているのだ。
そこには余計な気遣いなんか生まれようがない。
美談になることはない、でも価値ある親切が存在しているのだ。

いいじゃないか。
世の中は(電車の中は)思った以上に良質の親切であふれていたのだ。

いいえ、私は広告を見ているのです

ニュージーランドのファッションショップ「Superette」の広告。

Superetteの広告

ベンチに判子のようなものが仕掛けてあり、座るとこの通り太もも裏が広告に。
「ショートパンツ、セール中。SUPERETTE」

写真のようにうまく刻印されることはあまりないと思うが、
人が見るところに広告を出す。
うん。いいじゃないか。

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