私のゆるせない話 「傘」

傘を持った人

私が痛々でカッコつけるのが何より大事だったころ。
あろうことか「雨が降っても傘を差さない奴」になろうとしたことがあった。

当然、周囲は怪訝な顔を向けてきたが
「突き進まなきゃいけない時にお上品に傘なんか差していられるかい?」
「自分が生まれた時も(どこかで)雨が降っていたんだ。だから、かな」
などと嘯いて悦に入っていた。

だが、あるとき知人から
「お前は無知で無教養だから知らないのだろうが、
近年の雨は酸性度が強く頭髪をはじめ人体に悪影響を及ぼす恐れがあると言われているんだ」
と聞かされ、ビビリまくった私は即座に宗旨替え、ほんの少しの雨でも傘を差すようになった。

その変わりっぷりに周囲は呆れ、私の評価はガタ落ちしたのだが、それはさておき、
傘を頻繁に持ち歩くようになって時を経た今、つくづくこう思う。
「何故このような労苦を強いられねばならんのだ」と。

これは傘を差すことの面倒を言っているのではない。
さすがの私でもそんなことに文句はつけない。どうしようもないことなのだと納得している。
私が「ゆるせない」のは傘を差さずに持ち歩いている時、なのだ。

大抵の傘は持ち手部分が「J」字形になっている。
この形状は指を引っ掛けて持つのに非常に都合がいいのだが、
いざそのように持ってみると傘(の先端)が地面に着いてしまい、
そのまま歩くと引きずることになる。
傘にダメージを与えることになるし、ガリガリうるさい。手に伝わる振動も不快だ。
仕方がないので傘を持ち上げることになる。

それは困る。腕を伸ばしていたいので持ち上げずに済ませたい。
という場合は指引っ掛けを諦めて傘を短く持たねばならない。
持ちやすさを提供してくれる「J」が無用の長物になってしまうのだ。

何でこんなことになってしまうん?

傘を確認してみると一目瞭然なのだが
先端部と持ち手部分には結構な尺が取られている。
何らかの意図があるのだろうが、私には「余計」に思えてしょうがない。
この部分を短くすれば
傘を持ち上げる必要も短く持つ必要もなくなる(人が多くなる)はずだ。
念願の指引っ掛け&腕ぶらり状態になれるのだ。

なんとかしていただけないでしょうか。
よろしくお願いいたします。

ちょっとそこの広告で休んでいくわ

IBMの広告。

IBMの広告
Smart Ideas for Smarter Cities
スマートなアイディアで、町をもっとスマートに。

広告(板)の下のほうをグイッと曲げると……ベンチ!?
一工夫を加えることで「見るだけ」から「役立つ」に出世、
「広告なのに座れる」のだ。素晴らしい。

代わりに本物のベンチを置いて広告していたら……。
座りやすさは断然上でも
大した意外性もないので受ける印象は格段に弱くなってしまうだろう。

私たちはギャップに弱い。
「~なのに…」をつくろう。

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